震災から15年「東北の鉄道」は復興を遂げたのか 石巻周辺を撮り続けた写真家が見た「真実の姿」

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以下の2枚の写真をご覧いただきたい。1枚目はかつての女川駅があった場所付近である。2014年2月、嵩上げ工事の真っ只中で中央奥には石巻線のトンネルが見える。

もう1枚は2年後の2016年8月に女川駅前を撮影したものだ。景色はここまで変化した。再び鉄道が女川駅までつながり、誰もが訪れることができる場所になった。鉄道という存在は乗ることに複雑な難しさがない。私の鉄道写真は、鉄道の要素がとても小さい作品も多いのだが、その美しい景色のなかに鉄道の要素が1%でも感じられれば、そこは誰でも訪れることができる場所であるという証しになると考えている。

目の前には茶色い土のみが広がる、震災後の女川町(筆者撮影)
2年後には新しい駅が建ち、再び人が戻ってきた(筆者撮影)

石巻線のいま

2022年、震災以来開催されてこなかった「おながわみなと祭り」が復活した。新しい女川駅は、ウミネコが羽を広げる姿をイメージしたデザインになっている。その駅舎の後ろに咲く大輪の花。

この写真を撮影した場所はいま、松の木が高く伸び、撮影することができなくなった。それは写真家にとっては悲しい出来事だが、女川の歩みを写し続けてきた私にとっては命が成長することが、とてもうれしい気持ちになった(筆者撮影)

この花火大会と夏祭りには、私の想像をはるかに超える大勢の方々が訪れた。駅から海へ続く道には隙間がないほどの人々の姿があった。鉄道があるから来られる場所がある。身近に感じられる場所になる。

駅から海へと続く道は、隙間のないほど大勢の方々の姿があった。すべてを失い、かつては土の茶色しかなかった場所に再びレールが延び、誰もが来られる場所になった(筆者撮影)
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