天才ピアニストが語る、ショパンの「革命」とソ連の「大義名分」。"ブルジョワ的"が許された訳/スタニスラフ・ブーニン氏インタビュー(前編)

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音楽界関係者ではない税関職員からそんなふうに言われて不思議に思ったけれど、その時にはもう、私のショパンコンクール優勝が報道されていた。そして帰国後はすぐにクレムリンで、祝賀会のようなガラコンサート、いわば「凱旋御前公演」に出席し演奏することになっていたんです。

コンクールの準備をする中でレパートリーがショパンばかりの状態になっていたこともあり、私としてはこのコンサートでもショパンを弾きたかった。選んだ曲は『革命』です。

映画『ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生』(監督:中嶋梓 総合プロデューサー:小堺正記)には、2025年12月にサントリーホールで行われた演奏が完全収録されている(撮影:今井康一)

“ブルジョワ的”が許された理由

当時のソ連でショパンは“ブルジョワ的”とされる作曲家でしたが、このときの『革命のエチュード』は、「プロレタリアート(労働者)のために演奏する」という名目で許されたんです。「万国の労働者よ、団結せよ」を原点とする共産党の催しだから。

コンサートは、幅広い、多くの人にブーニンの演奏を聞いてもらいましょうという趣旨だったけれど、実際に集まっていたのは共産党中央委員会のお歴々だったと思う。幅広い層、とりわけプロレタリアートが集まっていたのではないにもかかわらず、「プロレタリアートのため」という名目で、ショパンの『革命のエチュード』が演奏されることになった、というわけです。

実際には、私は病気でコンサートに出演できませんでした。クレバーな解決策が見いだされ、会場ではショパンコンクールの録音が流れることに。あたかもそこで私が弾いているかのように、音だけが流れたそうです。

要するに、『革命のエチュード』だったら共産主義の国でも演奏の大義名分が立つんですよ。そんなふうに、この作品は悪用・乱用されてきた。

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