天才ピアニストが語る、ショパンの「革命」とソ連の「大義名分」。"ブルジョワ的"が許された訳/スタニスラフ・ブーニン氏インタビュー(前編)

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一方で私は、本当のプロレタリアート、労働者の前で演奏したことも何度かあります。それはとても素敵な経験でした。

モスクワとその周辺にいくつか工場があって、そこで働いている工場労働者がコンサートに来てくれた。たぶん軍事関係の工場だったから、あまり外部との接触がないような人たち。おそらく音楽に触れることも、日常的にはないような人たち。その人たちが、モスクワフィルと私の演奏会で、ドビュッシーやショパンを聴いてくれた。

もしかしたら子供の頃には聴いたことがあったかもしれない。でも、久しく音楽に触れていなかったと思しき人たちが、解放された気分で、集中して聴いてくれるようなコンサートです。

彼ら、彼女らの前で演奏したのはとても素敵な良い経験でした。そこには、本当の意味での「音楽とプロレタリアート」の関係がありました。共産党のお偉いさんたちの見せかけのプロレタリアート精神ではなく。

スタニスラフ・ブーニン氏。ソ連時代の厳しい演奏環境や聴衆の姿を振り返り語る場面も(撮影:今井康一)

厳しい生活を送っていた人たちへの思い

――「プロレタリアートのため」とは、「庶民のため」「一般の人のため」のようなイメージでしょうか。

ソ連に限らず、どの国にも一般の人たちはいると思います。ただ、当時のソ連では本当に、その人たちが厳しい生活を強いられていました。

もし共産主義の国に暮らしていなければ、普通の満たされた生活をできたであろう人たちが、何年も、何世代にもわたってひどい生活を強いられ、それに慣れてしまっていた。ほかのことは考えられない。つねに生活が厳しいし、生きていくのが大変だから。そうした状況を目にするのは非常に辛いことでした。

――その演奏会では、どんな曲を弾いたのですか。

普通の演奏会のプログラムです。『革命』は弾かず、ドビュッシーの組曲や、ショパンのワルツ、バラード、プレリュードなどを弾きました。

一般向けのコンサートだというのに、楽しいポップスや軽音楽ではなく、よりによってクラシック音楽家のブーニンが弾くドビュッシーを聴くのはなぜだろう……と聴衆には驚かれました。でも、コンサートにやって来た人たちは、おそらくもうずっと聴いていなかった音楽に触れて、いい意味でのショックを感じてくれたと思うんですね。そんな雰囲気の演奏会でした。

【後編:空前の「ブーニン現象」、本人はどう受け止めたか】に続く

山本 舞衣 『週刊東洋経済』編集者

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やまもと まい / Mai Yamamoto

2008年早稲田大学商学部卒業、東洋経済新報社入社。データ編集、書籍編集、書店営業・プロモーション、育休を経て、2020年4月『週刊東洋経済』編集部に。「経済学者が読み解く現代社会のリアル」や書評の編集などを担当。

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