大学教員のトリセツ【応用編】講義はエンタメ重視で「陽キャ」がウケる? 企業とは違う"異文化の世間"と"学会のオキテ"
学部、大学院にかかわらず、授業は週に数コマであっても、その準備にかなり多くの時間が割かれる。学生確保のため、教員はオープンキャンパスで高校生の相談に乗ったり、高校を訪問したりする。
国立大学を定年退職した後、学生募集で苦戦している私立大学へ移ったある実務家教員の教授は、「真夏に汗だくになり高校を回り、進路指導の先生に頭を下げ、パンフレットを手渡して学生を送ってもらうようお願いしています」と苦笑していた。
この教授は企業在職中に博士の学位を取得。大学人になってからも、企業出身ながら研究者として多くの研究業績を残してきた。「実務家教員」と一口に言っても、さまざまなタイプがいる。このような教授の心境は複雑だろう。
「何のために大学に来ているのか」
「大学」という言葉で大学業界を十把一絡げにして論じることには無理がある。大学を移れば、外国へ行ったようなカルチャーショックを受けることもある。学生の学力だけでなく、研究環境、授業のコマ数、学務の内容がガラリと変わる。
キャリアコンサルタントの資格を持っていたことから、女子大で学生アドバイザー兼教員になった人は、「無気力、無関心な彼女たちは何のために大学へ来ているのでしょうか」とぼやいていた。だいたい察しはつくが、次のような光景を聞いても大学教員は誰も驚かない。
指定テキストすら読まないどころか、持参しない。筆記道具もノートも持っていない。小テストをしようとすると、「先生、ペンを貸してください」という始末。それも、「すみません」の一言もなく、悪びれたところさえない。先生がペンを貸すのは当たり前の「サービス」だと思っているかのようだ。
少しでも厳しく指導すれば、学生が教員を評価する授業評価アンケートで「復讐」される。より激化すれば、アカデミックハラスメントをされたと言われかねない。大学の対応窓口に訴え、親子で抗議してくるケースもある。そうなった場合、大学側は穏便な収束を優先し、教員に反省文を書かせ、それを学生に示してなだめるケースもある。
すべての大学がこうだとは言っていない。一部大学で見られる現実だ。




















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