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もっとも「目的地→通過点」の変化は、後追いで問題化したものではない。昭和42年の行政報告書では、すでに東西線の延伸などによって「購買力が都心へ流出する可能性」が指摘されていた。鉄道整備が進めば進むほど、地元商業が空洞化するという危機感は、当時から共有されていたのだ。
結果として、市川市民にとって百貨店は、「わざわざ行く特別な場所」になる前に、便利すぎる交通網によって「日常の延長線上にある一商業施設になってしまった」のだ。
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