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ジャカルタで20年「東急の中古電車」輸出の舞台裏 全盛期はまるで「インドネシア版田園都市線」だった

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  • 高木 聡 アジアン鉄道ライター
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――8000系・8500系の輸出は東急電鉄だけでなく、東急車両製造(現・総合車両製作所、J-TREC)や東急建設も巻き込んでのスキームになったそうですね。

太田:最初は商社を介してという話で進めていたが、先方が手を引かれた。当時グループだった東急車両は海外の仕事をすでにやっていたので知見があること、また東急建設はジャカルタに事業所を持っていたので、ボランティア的に協力を得るような形で進めていくことになった。

まだ残っていた非冷房車(中央)と並ぶ元東急8500系の8608編成(左)と8607編成(右)。この頃は各編成で帯デザインが異なっていた=2009年(筆者撮影)
【写真】末期の8500系。ちょっと東急時代を思わせるすっきりしたカラーリングになり、前面の窓にあった防護網もなくなった

輸出手続きのさまざまな苦労

――自前で輸出の手続きや輸送業者の手配などをするのは苦労も大きかったのではないでしょうか。

門田:輸出するにあたって保証に関する契約や原産地証明など、いろいろな証明書を10ぐらい取った記憶がある。やはり大変な手続きで、こういうことがあるから商社の機能ってあるんだな、などと感じながら担当していた。インドネシア側からは、明日までにハンコをついて持ってきてほしい、みたいな要望もあり、そういった部分は東急建設の方がハンドリングしていた。

門田吉人(かどた・よしと)/1995年慶應義塾大学大学院修了後、東京急行電鉄入社。元住吉検車区長、事業統括部企画課長、運転車両部車両課長、車両部車両総合事務所長兼東急テクノシステム取締役などを経て2024年から東急電鉄車両部統括部長(写真:本人提供)

太田:東急建設は、本業と直接関係ない話だったがとても協力的だった。最終的にはジャカルタMRT(地下鉄)南北線の工事受注につながっているし、「オール東急」という感じで(車両輸出に)取り組んでいるように見えたところはあると思う。日本語のできる現地スタッフの存在も大きかった。当時、東急建設のインドネシア事務所のスタッフとして勤めていた方が日本語もインドネシア語も話せたので、KAIの人たちともしっかりコミュニケーションが取れたことが大きい。

【写真を見る】ジャカルタで20年「東急の中古電車」輸出の舞台裏 全盛期はまるで「インドネシア版田園都市線」だった(35枚)

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【中古車両輸出のメリットとは?】

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