「じゃない方芸人」「春日の隣の人」だったオードリー若林が、休養しなければならないほど"代替不可能"な人気芸人に登りつめた理由

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ここに、若林の立ち位置が重なる。

若林は“主役の俺が回す”タイプではない。『あちこちオードリー』(テレ東)のようなフリートークでも、ゲストの言葉を引き出し、場を成立させる側に回る。攻めるが孤立させない。ツッコミを入れるが支配しない。これは「正しさで制圧する」のではなく、「対話が回る状態を設計する」進行だ。

山里亮太と
「たりないふたり」では南海キャンディーズ 山里亮太とのコンビで人気を博した(画像:若林のInstagram @masayasuwakabayashiより)

目指すのは「主役」“じゃない方”の「観察者」

では具体的に、若林から何が学べるのか。

──それは、「主役を目指さない」という“若林ズム”だ。

もしあなたが、「自分は報われていない」「評価されにくい」と感じている中間管理職なら、若林の振る舞いは決して遠い話ではない。

今の時代、YouTubeやTikTokなどSNSの発達によって、誰もが自身を「主役」として見る傾向が、過去より高くなってきているように感じる。そこでまず、「主役を奪わない。でも構造は作る」。若林は目立つことより、場の成立を優先する。

しかしネタを書き、構造を作っていたのは彼だ。会社で言えば、会議を仕切るのは上司でも、流れを設計しているのはあなた、という状況はないだろうか。

前に出ないことと、仕事の質を下げることは違う。むしろ、前に出ないことで全体が見えるようになる。主役じゃないからこそ、「観察」ができる側にも回れるのだ。

次に、「人ではなく状況にツッコミを入れる」。「なんでできない?」ではなく、「いま流れがズレてない?」。責めるのではなく、構造を整理する。これはハラスメントを恐れる時代において、実践的な強さだ。

さらに、若林の特徴は「自分も笑われる側にいる」こと。管理職も、「これ、俺も迷ったんだよね」と言えるだけで空気は変わる。正論は強い。しかし強い正論は萎縮を生む。心理的安全性が高いチームほど、ミスを人ではなく仕組みとして扱う傾向があるとされているのも、そのためだ。

オードリー
主役じゃないからこそ、「観察」ができる側に回れる(画像:若林のInstagram @masayasuwakabayashiより)

そして重要なのは、ここで生まれる空気が「甘さ」ではないということだ。責められにくい環境では、人はミスを隠さなくなる。わからないことを早めに言えるようになる。

結果として、チーム全体が小さな挑戦を積み重ねやすくなる。つまり、心理的安全性とは「優しい職場」を作るためのものではなく、だからこそ挑戦しやすい職場を作るための土台なのだ。

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