「◯◯と言ったら教師を辞める」元教員が自分に課していた「叱り方」の4ルールと、"子どもを叱って自己嫌悪"から脱却する方法とは?
初めて送り出した卒業生と会うと、必ず話題になる出来事があります。その子たちが6年生だったとき、給食のカレーライスを、ある子がふざけて別のものに例え、周囲を茶化したことがありました。
そのとき私は怒鳴って叱りました。卒業後、その叱られた子に「茶化したのは悪かったし、叱られるのも当然だった。でも、そこまで怒る必要があったのか」と言われました。私は返す言葉を見つけられませんでした。
当時の私は、大声で威圧的に、感情を前面に出して叱ることが少なくありませんでした。教え子から「まんちゃん(私のこと)に叱られた後は、誰に叱られても怖くなくなった」と言われたこともあります。当時はなぜか誇らしく思っていました。
しかし今なら、その言葉の意味が理解できます。それは教育的効果ではなく、恐怖の記憶として残っていた可能性があります。出会ってきた子どもたちに対して、申し訳なさを感じています。
「叱る」を定義するところから議論が始まる
2025年末、SNS上である映画をきっかけに「叱る」ことをめぐる議論が起きていました。しかし議論はかみ合っていませんでした。
叱ってよいのか、叱ってはいけないのかという対立が生まれていましたが、前提となる「叱る」の意味が共有されていなかったのです。議論を成立させるためには、まず定義を明確にする必要があります。




















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