「親よりポトスか」植物好き幼子に父が抱いた畏敬。還暦前に親になったいとうせいこうさんが"ベビーカーからの目線"で知る季節
そこで俺は公園中を指さして、「これだけじゃないよ。ほら、公園は大きな樹木だらけなんだから」と言った。
すると子供はくるくる回り、自分を取り囲む樹木たちの高さに初めて驚いて声を上げた。
「わあー、樹木大きい!」
感動の大声を出したいのは俺の方であった。
ベビーカーの高さで街を歩く
さて『日日是植物』どころか、すっかり『日々是植物と幼児』になってしまっているが、いかに軌道修正したくとも俺の目の前の植物に必ず2歳児がついて回る。勝手に立ちふさがる。
おかげで、散歩の途中に出合う小さな雑草の名前にくわしくならざるを得ないし、そのうちこれまで視界にまるで入らなかった小さな園芸種のこともスマホのアプリで写真に撮ってその場で同定せざるを得なくなった。
子供は子供でYouTubeに出てくる“植物の名前入り替え歌”をかなりラフな画像とともにすっかり暗記しているから、
「あ、オキザリス」
みたいなことを言う。
「いや違うだろ、あれは」
とりあえず動揺して答えるが、知識はない。名前は知っているし、もしかすると素人園芸を始めた大昔に一度くらい育てている可能性はあるのだが、記憶の奥の意表を突くような園芸種である。
「オキザリスはオキオキオー」
というような感じの歌さえ幼児は歌い出すが、なにしろ他人の家の玄関前なのでスマホで接写して検索するのもはばかられ、なおかつ歌声はますます大きくなるため、俺は必死にベビーカーを押し、抗議で泣き出しそうな子供に言う。
「あとで調べようね、オキザリスね」
そしてたいていそれはオキザリスである。しかもそうした花にかぎって、他の種類との違いが覚えにくく、翌日もまた同じような押し問答が展開される。





















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