「親よりポトスか」植物好き幼子に父が抱いた畏敬。還暦前に親になったいとうせいこうさんが"ベビーカーからの目線"で知る季節

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そうした時に改めて気づくのは、冬にも花は限りないということだ。俺たち大人は自分の背の高さで植物を把握するから、冬は枯葉とか裸木の季節である。

がしかし、ベビーカーの高さで街を行けば小さな鉢があちこちに並び、そこに研究を重ねて作られた冬の園芸種がいくらでも並んでいる。つまり人間の背の高さによって、季節のありようは異なっているのだ。

「造られた季節」への驚き

ゆえにこそ俺はまさか公園の大きめの鉢の上にナデシコが咲き誇っているのに気がつかない。あれは秋までだろ、と思い込んでいるから現代の園芸種の強さを無意識に認めず、視界から消しているのである。

チョコレートコスモスの花なんかもそうしたズレのひとつで、下手に背が高いのでオレンジの花弁が冬に妙に目につく。

特に俺は仕事上、地下鉄代々木公園駅から歩いてNHKに向かうことが多いのだが、途中の交差点、交番の前にある大きめのコスモスの花期の長さに常に驚いてしまう。

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外来種が勝手に生き延びている感じというか、温暖化ゆえの狂い咲きに見えるのだが、コスモス本人にしてみればどうなのだろう。花を操る育種家、ブリーダーによってそのように育成された猛者なのかもしれないのだ。

となれば若い世代にとって、チョコレートコスモスは冬の季語になりかねない。

こうした街中の園芸種のみならず、花屋に置いてある様々な種類の植物の「造られた季節」にももちろん日々驚愕する。

例えば政治家だの自治体だののパーティにいまだに不可欠な胡蝶蘭の「1年中」ぶりには改めて頭が下がる。

つい先日、子供が猛烈に興味を持ったので小さな花屋に入り、人生初の鉢くらい買ってやろうかと思うと、幼児はスタスタ店の隅に行って上の方を指さし、

「あの蘭、欲しい」

と言った。高価な胡蝶蘭である。どうも『おさるのジョージ』に蘭の話があったらしい。俺は急いで子供の手を引き、ミニシクラメン(550円)の鉢を押しつけたのだった。

いとうせいこう 作家・クリエーター

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いとう せいこう / Itou Seiko

1961年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒業後、編集者を経て、作家、クリエイターとして活字・映像・舞台・音楽など多方面で活躍。『ボタニカル・ライフ』で第15回講談社エッセイ賞を受賞。『想像ラジオ』が三島賞、芥川賞候補となり、第35回野間文芸新人賞を受賞。ほかの著書に『ノーライフキング』『自己流園芸ベランダ派』『能十番―新しい能の読み方―』『「国境なき医師団」をそれでも見に行く 戦争とバングラデシュ編』『見仏記 三十三年後の約束』(みうらじゅん氏との共著)など多数。

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