山田 そうですね。社会システムを変えようという意志そのものが、まず日本社会からは生まれません。平成だけでなく令和も、もっと言えば江戸時代や戦前もそうだったわけで、新しい状況に適応するために何かを変えるということは、日本社会にとって非常に難しい。それは日本人的な特性によるものかもしれませんし、今までの成功体験に縛られがちということなのかもしれません。
そもそも企業にしたって、横並び志向の若者のほうがマネジメントはラクなはずです。いくら「個性を発揮しろ」とか「新しいことにチャレンジしろ」と言っていても、集団から外れるような言動をする人がいたら上司は手を焼くことになるでしょう。今の若者は反抗せず、疑問も持たず、言われたことはやりますし、表面的にはやる気を見せる。そういう態度を見せてくれていれば、上司も安心する。互いに波風立たず、幸せです。
でも、彼らは言われたこと以外はやらないし、提案もしてきません。身を粉にして働くという発想もありません。「働いて、働いて……」と言った高市首相の世代からしたら、けしからんという話になるでしょうね。しかし、だからといって高市さん世代が若者にハッパをかけたところで、彼らは踊りません。「そうですね」と、表面的に同意するだけです。
繰り返しになりますが、そうした安定志向の若者たちのマネジメントは、上司としてはラクです。しかし会社全体としてはプラスになりません。だから企業も、日本という国も、幸せに衰退していくのだと思います。
国民全体が「幸せな衰退」を選択している
—社会システムが変わらないのは、それが政治家や官僚にとって都合がいいからということなのでしょうか。
山田 都合がいいというより、そのほうが文句を言われないからだと思います。私はさまざまな公職に就く中で、政府や官僚に数多く提言をしてきましたが、政策は基本的に変わりません。今までの政策の延長線上のことしかしません、というより、できないのかもしれない。制度やシステムを変えることで文句を言われたくないという思考や行動様式が染みついているんでしょう。それは日本国民全体が安定志向だからです。
世間体を重んじ、横並びに安心する。一方で自分だけが集団から外れ、世間の矢面に立つようなことはしたくない。そうなるくらいなら、このまま日本が衰退しても構わない。こういう考えは、若者に限らないのではないでしょうか。日本国民全体がそれを選択しているという捉え方もできると思います。
もし本当に「いい子症候群」の若者の意識を変えたいなら、まずは親の安定志向を変えていかないといけません。そして親の意識を変えるには、社会システムそのものを変えていかなければなりません。
人気取りや未来への展望を示すために「日本経済の見通しは明るい」などと言ったところで、若者は、「それなら自分が頑張らなくてもいいや」と思うだけです。「見通しが明るいなら自分も頑張ろう」とはなりません。本当に変えたいなら、「このままだと日本経済は沈没するぞ!」と、政治家や官僚は声を大にして言わなければならないと思います。
(構成:笹幸恵)
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