中高の探究学習で「大学の先生たち」が疲れている…なぜ?誰が悪い?"生徒、中高教員、大学の教員・研究者"の生の声に見る課題の本質

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総合型選抜で入学した現在大学1年生のAさんは、高校のときに総合型のコースに通い、社会問題について真剣に考え、仲間と議論をし、考えを具現化するという経験をした。

こうした経験自体はかけがえのないものだったが、その中でどうしても大学受験を視野に入れなければならなかったことに当時はとても悩んでいたという。

都市部の進学校で総合型のコースに通うBさんによると、大学の研究者にはクラスメートの相当数がコンタクトしたという。総合型選抜や欧米進学では、大学と連携した研究経験の有無が入学考査における大きなポイントとなる。

生徒の中には、実際に研究チームに入って一緒に研究し、プライベートも含めて大学教員との交流を深めたり、学会に日常的に出席しているケースもある。しかし、研究の世界がよくわからないのにもかかわらず、研究者とコンタクトを取ることが必須とされたことについては、疑問と同時に強いプレッシャーを感じていた。

その学校では、コンタクトを取る人の論文を少なくとも1本は読み、その内容に触れて連絡しつつ、メールのccにその科目の担当教員を入れるべきという指導がされていた。

一方で、教員によっては「高校生からのコンタクトに大学の先生は喜ぶものだ」と言われたり、大学教員にコンタクトしても、断られ続けているクラスメートもいたそうだ。

ただ、Bさんはコンタクトした大学研究者が親身に対応してくれたことで、研究の難しさと面白さを経験しただけではなく、大学でもその分野での学びをさらに深めたいと思うようになったという。

高校の教員は「立場によって見える風景がまるで違う」

次に高校の教員にこの問題について聞いてみた。まずここで可視化されたのが、高校が置かれている個別の状況において、この問題の風景はまるで違って見えるということである。

具体的には、その高校が普通科なのか農業科や工業科、福祉科のような職業教育系なのか、もしくは都市部か地方か、私学か公立か、進学校か否かなどによって大きく違う。

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