「物流×技術」で再生医療の産業化の“壁”打破へ サプライチェーン構築で「日本発の輸出産業」に

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これまで治療が難しかった疾患の克服へ――。再生医療は、希少疾患・難治性疾患から生活習慣病まで、新たな治療の可能性を開く技術として期待されている。世界中で市場が拡大する一方、日本では研究成果を上げながらも、それを産業として軌道に乗せるまでの「実用化への橋渡し」には大きな壁が存在し、産業化の遅れにつながってきた。「開発から投与まで、サプライチェーンがつながらなければ治療は届かない」。そうした危機感から壁の打破に挑んでいる、サーモフィッシャーサイエンティフィック ジャパングループ代表 室田博夫氏と、アルフレッサ ホールディングス代表取締役副社長の福神雄介氏に、日本の再生医療発展の道筋について聞いた。

再生医療の産業化を阻む「壁」をどう乗り越える?

――細胞や組織、ウイルスベクターなどの生体由来の材料を用いて、ケガや病気によって損なわれた組織や臓器の機能を回復させる再生医療について、現在の市場動向や日本が置かれている現状を教えてください。

室田(サーモフィッシャー) 再生医療への注目度は世界的に高まっています。がんやパーキンソン病、心疾患などの難病に加え、これまで治療法がなかったような希少疾患の克服にも道を開く可能性があり、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上に資すると期待されているからです。

象徴的だったのが、2025年5月に報じられたアメリカでのケースです。100万人に1人とされるある希少な遺伝子疾患を持った乳児に、世界初となる「個別設計のゲノム編集薬」が投与され、症状が改善しました。

患者によって疾患の原因となる遺伝子変異の特徴が異なるため、薬の開発が難しい背景がありました。その点で、こうした世界初のオーダーメイド治療法によって一人の大切な命が救われたことは、社会的インパクトの大きい出来事だといえます。

こうした事例に加え、科学技術の進歩や政策的な後押しもあり、再生医療の市場は世界的に拡大しています。日本ではiPS細胞研究が契機となり、国策として研究支援が行われてきました。基礎研究の成果が蓄積し、社会的関心も高まってきています。

サーモフィッシャーサイエンティフィック ジャパングループ代表 室田 博夫氏
サーモフィッシャーサイエンティフィック
ジャパングループ代表 室田 博夫

――関心が高まる一方で、日本の再生医療には「産業化の遅れ」も指摘されています。

室田 日本は大学や研究機関に優れたシーズが多く、基礎研究のレベルは非常に高いです。しかし、それを臨床開発につなげ、製品として世に出すまでのプロセスが遅いという課題があります。「エコシステム」の形成が遅れているのが現状です。

特にアメリカでは、研究者や企業、投資家、公的機関が緊密に連携し、基礎研究から製造・実装までを一気通貫で支えるエコシステムが確立しています。一方、日本ではこの仕組みが十分に機能しておらず、研究成果が産業に結び付きにくい状況があります。

大きな課題は「再現性」です。研究室では、研究者の「勘と経験」によって製造されるケースが多く、それを量産しようとしたときに、誰がやっても同じ品質で作れるかというと難しい。属人性を排した、再現性の高い製造工程を作ることが重要になります。

福神(アルフレッサHD) わかりやすくお伝えするために、例外は除きまして直接的な表現をいたしますが、化学合成で作られる従来の「低分子医薬品」は、新薬開発が工程の中で最も難しい。しかし、バイオ医薬品や再生医療では可能な限り低コストで、どう作り、どう運ぶかという製造と輸送が価値の源泉になります。

バイオ医薬品へのシフトが世界的に進む中、日本はこの製造・輸送プロセスの関連産業が十分に育っていません。よって、まさにここがわが国の伸びしろです。政府も、再生医療等製品の製造に必要な自動培養装置などの設備導入や人材育成の促進を方針として掲げられています。

サプライチェーン全体のコスト構造を改善し、細胞を低コストで安定して供給できる体制を築くことができれば、多くの患者様に今よりも軽いご負担で再生医療等を提供しやすくなり、普及につながります。ひいては日本の再生医療産業を本格的に成長させるカギになると考えます。

「医薬品卸」がサプライチェーン構築に踏み込む理由

――そこでアルフレッサ ホールディングスは、医薬品卸の枠を超え、医療機関で細胞を採取するところから患者への投与までを一気通貫で最適化する「トータルサプライチェーンサービス」(以下、TSCS)に取り組んでいます。その狙いを教えてください。

アルフレッサ ホールディングス 代表取締役副社長 福神 雄介氏
アルフレッサ ホールディングス
代表取締役副社長 福神 雄介

福神 医薬品等の導入・開発、製造から、物流・販売、市販後調査・ラストワンマイルまでをグループ一体となって提供するTSCSは、アルフレッサグループが再生医療の世界で果たすべき新しい役割だと位置づけています。

従来の医薬品の卸売は、量産された製品を保管して販売して輸配送することが中心です。再生医療等製品の流通は、品質を維持しながら大量に培養することが難しく、製造や流通のコストがかさむことが課題となっております。

再生医療で扱うのは生きた細胞です。サプライチェーンが長く複雑になるほど、品質が落ちるリスクが高まります。「鮮度」そのものが非常に重要な価値なのです。

例えば、患者様自身の免疫細胞を取り出してがん細胞を攻撃する能力を高め、増殖させて体内に戻す細胞療法(以下、CAR-T)では、「医療機関での採取→輸送・保管→製造→再び輸送→投与」という流れをたどります。

輸送と製造の明確な切り分けが非常に難しく、細胞採取から患者様への投与に至るまでミスは絶対に許されません。患者様ご自身から取り出された細胞を、確実かつできるだけ短期間でその患者様にお届けしないといけないのです。

だからこそ流通を担っている私たちが、周辺環境をしっかりと整えることも含めまして、全体をシームレスにつなぐ役割を果たしたいと考えました。

「保管し、運べる」という流通における強みを持つ当社グループが、強固に結び付いたサプライチェーンを自分たちで作り込む。そうして「スピーディーに届き、届いた瞬間にすぐ投与できる」状態を実現できれば、医療現場の皆様のご負担も減らすことができますし、傷害されたり失われたりした生体組織を再生修復させ、最終的にはより多くの患者様の身体機能の再生や根治によって疾患の克服を目指していただけます。

この目的達成に向けたイノベーションを当社グループの企業価値として再定義するとともに、最も重要な成長ドライバーと位置づけて推進しています。

アルフレッサグループが取り組むトータルサプライチェーンサービス(TSCS)の構築

――サプライチェーンを作り込むうえでのハードルは何でしょうか。

福神 室田様からお話があったように、研究段階では属人的な手作業で細胞やウイルスが作られています。これを産業として再現性高く実施できるようにするには、広い範囲にわたる分野の各専門プレーヤー様のご理解とご協力で「エコシステム」を構築する必要があり、製造プロセスの改善のための見直しや機械化・自動化に向けた連携が不可欠です。

そこで当社は現在、製造プロセスの開発に特化した施設である「羽田プロセスデベロップメントセンター」(以下、羽田PDC)を2026年中に東京都大田区の羽田イノベーションシティに開設しようとしています。そこではサーモフィッシャー様にもご協力いただき、必要となる高度な装置を導入して、製造プロセスの最適化・高度化に取り組んでいく考えです。

アルフレッサグループが「羽田PDC」の開設を予定している羽田イノベーションシティ外観
アルフレッサグループが「羽田PDC」の開設を予定している羽田イノベーションシティ外観(提供:FOTOTECA)

――具体的に、サーモフィッシャーは再生医療の産業化に向けてどのような支援をしているのでしょうか。

室田 サーモフィッシャーでは、細胞製造の目的や用途に合わせて、製造装置や試薬、培地、分析手法など幅広い製品ポートフォリオを持っています。これらを単体ではなくワークフローとしてご提案し、全体の効率化と品質向上を図っています。

アルフレッサグループ様のTSCS構築に当たっては、海外での多様な協業事例を持つサーモフィッシャーの強みを活かして、研究段階から商用製造までの一連のワークフローとして設計し、自動化や閉鎖型システムの導入によって「ブレの少ない工程」の作り込みを支援しています。

また、アジアパシフィック拠点としてシンガポールに設立した「セルセラピー・コラボレーション・センター」は、当社が最適化したCAR-Tの製造プロセスの作業手順書を備えています。ここで、アルフレッサグループのセルリソーシズ様に、ハンズオン形式でのトレーニングを実施しました。

「セルセラピー・コラボレーション・センター」でのトレーニングの様子
シンガポールにあるサーモフィッシャーのラボで、アルフレッサグループのセルリソーシズ社員がCAR-Tの製造ノウハウを学んだ

CAR-Tの製造は細胞の扱い方一つで品質が大きく変わるため、なぜ特定の操作が必要なのか、どういう動きが汚染や再現性低下につながるのか、まずは理論を座学で理解し、そのうえで実際の装置を用いて工程を反復しながら体得していきます。短期間ではありましたが、密度の高いプログラムだったと考えています。

国内で完結する再生医療の基盤を築き「輸出産業」へ

――セルセラピー・コラボレーション・センターでの体験を、どのように活かそうとお考えでしょうか。

福神 現在稼働準備中の「羽田PDC」におけるCDMO(医薬品開発製造受託)サービスの品質確立に活かします。シンガポールで習得した製造プロセスを単なる知識として終わらせず、サーモフィッシャー様の高度な装置と作業手順書を用いて、日本の設備環境下で完全再現できるように徹底検証していきます。

その際には、患者様に安心して投与していただけるように商用環境でも同様の結果が得られるか、汚染リスクは排除できているかなどに関するサーモフィッシャー様の技術者によるレビューが不可欠です。国内で世界基準の再現性を担保するために、引き続き強力なご支援をお願いしたいと思っています。

――両社の連携は、日本の再生医療の発展にどのように寄与していくとみていますか。

室田 TSCSのような再生医療のサプライチェーンを国内で持つ意義は非常に大きいです。

例えば患者様自身の血液や細胞を使って製造する治療だと、現状は海外で製造を行うため採血から投与までに1カ月以上の時間がかかります。治療を待っている間に病気が進行するケースもあり、時間の短縮は喫緊の課題です。その点、国内で製造が完結すれば大幅な時間短縮が見込めます。

また、昨今の地政学リスクや為替変動の影響を考えても、国内に自立した基盤を持つことは急務です。さらに、エコシステムを確立できれば、これは「日本発の輸出産業」にもなりうると考えています。

福神 日本はサイエンスや製造の力だけではなく、倫理観の高い国民性も含めまして再生医療に適した条件がそろっています。それらを活かしてサプライチェーンそのものを輸出価値にできる再生医療に関する産業は、日本に非常に向いているといえる領域です。

加えて、日本には中枢神経領域を中心に、世界をリードする研究成果があります。これを国内で完結させたサプライチェーンと結び付け、地理的にアクセスしやすいアジアの各国に輸出する。輸出産業としての再生医療において、日本にはアジアのハブになる未来があり、グローバルレベルで社会的意義も非常に大きいと思います。

再生医療の産業を日本に根付かせ、将来的に輸出産業化していくために、当社グループは患者様に治療を届けるという使命感を抱き、サプライチェーンを作り込むところにしっかり投資していきたいと考えています。

その成果を世界に届けるためには、グローバル基準での製造プロセス開発が欠かせないということを繰り返して申し上げたいのです。サーモフィッシャー様はグローバルで培われた知見をお持ちであり、日本の設備でもグローバル水準の品質を再現できる体制構築に向けたご支援をいただくことが可能です。

グローバルで加速する再生医療の進化のスピードと足並みをそろえるうえで、この「世界標準をそのまま日本に持ち込める」パートナーシップが重要なカギであると考えています。

室田 再生医療産業の発展において、必ずボトルネックになるのが人材です。研究から製造、品質管理まで一気通貫で理解し、現場を動かせる人材が日本にはまだ十分に育っていません。

そこでサーモフィッシャーでは、協業先との連携やトレーニングで人材育成を支援しているほか、2022年には東京都港区芝浦にあるオフィス内にショールーム兼体験型ラボ「サーモフィッシャーサイエンティフィック クリエイティブ・エクスペリエンス・ラボ(T-CEL)」を開設して、お客様が実際に技術を体験し、習得・向上できる機会を提供しています。

こうした取り組みを通じ、産業を支える多様なプレーヤー同士をつなぐ橋渡しとしての役割を果たしていきながら、当社のミッションである「より健康な世界の実現」を目指していきたいと思います。