「再生医療の産業化」加速へ異業種タッグで挑む訳 周辺産業との連携による「エコシステム」を構築
再生医療の産業化を支える「連携」の重要性
――日本の再生医療を取り巻く課題や動向について教えてください。
室田(サーモフィッシャー) ライフサイエンス分野全体で日本は強みのある部分が多く、中でも細胞治療や遺伝子治療を含む再生医療は、基礎研究のエリアで非常に強いプレゼンスを発揮しています。
ただ、事業化に関しては、研究開発から製品化して患者さんに届けるというところに障壁があり、海外と比べて日本は後れを取っています。シーズから研究を行うアカデミアの資金や人材が不足している、産業界とのネットワークが少ないなど、さまざまな制約があるからです。
こうした課題を解消するため、近年日本の製薬企業は1社で研究開発から事業化・産業化までのすべてを担うのではなく、周辺の産業や企業との連携を通じて進める流れに変わってきています。政府や地方自治体、民間企業などが支援する仕組みも整備され、再生医療分野の成長が促進されてきている状況です。
――周辺の産業や企業との連携が重要になるのはなぜでしょうか。
室田 エコシステムの強化につながるからです。研究開発から事業化までの間にはいわゆる「死の谷」があり、乗り越えるには膨大な資金や時間が必要になります。そのため、治験や製造の段階ではベンチャーキャピタルやインフラ面を支えるラボ、CDMO(医薬品の受託開発製造)などの周辺企業の協力が不可欠です。
例えば、製薬産業が盛んな米国ボストンでは、ベンチャーキャピタルからの資金供給やシェアラボの整備、人材流入の文化が発展しています。日本の再生医療の発展には、研究開発から製造まで切れ目のないエコシステムの構築が急務です。
三枝(三井不動産) 再生医療は、とくに製造やサプライチェーン構築の難易度が高いのが特徴です。治療に用いる細胞を大量に製造し、品質を維持したまま患者さんに届けるには、さまざまなプレーヤーとの連携が重要です。そこで、三井不動産はプラットフォーマーとして、CDMOなど周辺産業との連携がしやすい環境の整備を推進しています。
独自の取り組みでエコシステムを構築へ
――サーモフィッシャーと三井不動産はともに、製薬企業ではない立場から、再生医療の産業化を支援されています。具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか。
室田 サーモフィッシャーは総合的なサイエンスソリューションを扱う企業です。ライフサイエンスの領域ではアカデミア、製薬企業など向けに幅広い分析機器、試薬、サービスを提供してきました。近年はとりわけ再生医療をはじめとするバイオベンチャーに着目し、私たちの立場から可能な支援を強化しています。
2022年10月には、再生医療の研究開発から製造、商用生産まで、一連のプロセスの中で必要になる機器やソリューションを体験できる「再生医療クリエイティブ・エクスペリエンス・ラボ(Thermo Fisher Scientific Creative Experience Lab for regenerative medicine:T-CEL)」をオフィスに開設しました。製薬企業やアカデミアの方だけではなく、政府関係者や中高生など、これまでに500名を超える方々に訪問いただきました。
再生医療は新しい分野であり、必要な機器などを体験できる場所が少ないため、私たちの取り組みは貴重だと考えています。
三枝 三井不動産は、2016年に設立した一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(以下、LINK-J)と一体となり、ライフサイエンス分野におけるオープンイノベーションの促進やエコシステムの構築を目指しています。
具体的に行っているのは、製薬企業やベンチャー、アカデミアなどの幅広いライフサイエンス領域のプレーヤーの交流・連携および育成・支援による「コミュニティの構築」、賃貸のラボやオフィスを展開する「場の整備」、 LP投資を通じてライフサイエンス系のベンチャーを支援する「資金の提供」の3つです。
とくに「場の整備」に関しては、製薬企業が集積し、再開発が進む東京の日本橋に「ライフサイエンスビルシリーズ」を15拠点展開。大阪の道修町にも「LIFESCIENCE HUB WEST」を開設し、合わせて約170社・団体の幅広いテナントを誘致しました。
さらに、本格的なウェットラボ(研究施設)とオフィスが一体化した「三井リンクラボ」を東京の葛西と新木場、千葉の柏の葉に展開しています。新木場では2021年から2024年にかけて3カ所竣工し、来年は大阪の中之島にもオープンする予定です。今年始動した研究や事業をサポートするサービスを提供する「オープンイノベーション支援プログラム」とも併せて、ソフトとハードの両面で取り組んでいきます。
――両社は再生医療の発展に向けて共創されていると聞きました。その経緯や協業の内容について教えてください。
室田 共創のきっかけは数年前に三井不動産の営業担当の方からLINK-Jや三井リンクラボについてお話を伺ったことです。そうした中で三枝さんがライフサイエンス事業をリードされていると知り、直接お目にかかってお話しする中で、ライフサイエンス産業の課題や将来に対する互いの思いが共通していると感じました。
三枝 当社とサーモフィッシャーはこの領域のメインプレーヤーではないという点で位置づけが似ています。日本のライフサイエンス産業は必ずしも順風満帆ではないですが、数少ない世界で戦える市場の1つだと思っています。不動産会社として何かできることはないかと話し合ってきました。
室田 われわれも機器・試薬のサプライヤーとしての立場にとどまらず、かねて国内の産業の発展に寄与することを志してきました。三枝さんとは何かタッグを組めないかとブレストするところから始め、そして実現した1つが、三井リンクラボへの機器の提供です。
再生医療の産業化加速は「今が正念場」
三枝 具体的には、「三井リンクラボ柏の葉1」と「三井リンクラボ新木場2」にある「共通機器室」に、サーモフィッシャーの分析機器を設置しています。高価な機器ですので、自前で購入することが難しいベンチャーでもコストを抑えて実験に利用できるのは大きいと思っています。
今年度には新木場2内で、実験で使う消耗品や試薬をその場で購入できる店舗「LINK-Stock」をオープンし、そこでサーモフィッシャーの製品も取り扱う予定です。さらに今後は、ラボのテナント向けにセミナーや分析方法のトレーニングなども実施いただくことを考えています。
室田 まだ共創は始まったばかりですが、三井リンクラボのテナントさんにニーズの高い機器を利用いただける環境を整備できたことは、成果の1つとして手応えを感じています。これからも何かできないか、お互いにアイデアを出し合っていきたいです。
――再生医療の産業化の加速に向けて、展望をお聞かせください。
室田 日本の再生医療の産業化が加速することには、2つの捉え方があります。1つは、これまでなかった治療法を患者さんに届けられるということ。これは「私たちの住む世界を、より健康で、より清潔、より安全な場所にするために、お客さまに製品・サービスを提供する」という当社のミッションの実現にもつながると思います。
もう1つは、競争力のある産業を育てるということです。既存のシーズを事業化することを考えると、今がまさに正念場だと思っています。サプライヤーとして機器や試薬を提供するだけでなく、国内の産業の発展に寄与していきたいです。
三枝 当社は異業種という利害の対立のない立場だからこそ多様なプレーヤーと連携し、プラットフォーマーとして大きな役割を果たせるのではないかとみています。今後はラボの提供だけでなく、オープンイノベーション支援の取り組みも加速させ、日本の再生医療やライフサイエンス産業全体の底上げに貢献していきたいと思います。
その際には、サーモフィッシャーに機器や試薬のエキスパートとして、業界の知見をいただきながら進めていきたいと思っています。ぜひ多くの方に、私たちの取り組みに注目していただきたいです。