「Fランは要らない」議論をしている場合ではない、このままでは地方の小規模大学はどんどん潰れる…"ユニバーサル・アクセス"の維持が重要な訳
学部卒の母数が多くなければ、マスターやドクターの数も限られてしまいます。そして、予測困難な時代においては、知識だけでは役に立たないこともあるとはいえ、時代が進めば学ぶべき知識が増えることがあってもなくなることはありません。
4年学べば十分という人もいるでしょう。一方、中央教育審議会が2025年2月にまとめたいわゆる「知の総和」答申では、修士を5年間で取得できる一貫制度設計も議論されています。
少子化で人の数が減る中では、その質を上げなければなりません。人口が減少していくと、これまでの100人分の知を50人で賄わなければならなくなります。そのとき、50人の知を2倍にできたら、知の総和は100人分になるわけです
「知の総和」答申にしても、「令和8年度地域大学振興プラン(仮称)」にしても、「Fランを残すか残さないか」といった話ではありません。大切なのは国として、「知の総和」を向上させること、また地域においては、その地域に将来的にどんな人材が必要かを本気で議論し、そのために地域と大学がどう協働していくかなのです。
みんなが大学に行けない社会に逆戻り?
地方は小規模な大学が多くあります。このままではどんどん潰れていくでしょう。地元で進学できなければ、大学進学を諦める子がどんどん出てきます。
国立大学に不合格になって本学に来た学生が「この大学がなかったら大学進学は諦めていた」と言っていました。その時、私が思ったのは「あんなに優秀な子が大学進学を諦める社会をつくってはいけない」ということ。
このままでは、みんなが大学に行けない社会に逆戻りする可能性があります。だからこそ、プラットフォームをつくり、この問題を地域が自分事化して、地域と大学が一緒になって考えていく必要があると言えるでしょう。
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