ベトナム人の対中感情が「警戒すべき存在」から「かっこいい」へと徐々に変質、その要因となっている意外なものとは?
ソーシャルメディアはベトナムのこうした世論の変化で重要な役割を果たしているようだ。中でも若者に人気が高い中国発動画共有アプリTikTok(ティックトック)は特に影響力が強く、政府によると昨年は国内ユーザー数が6700万人と、フェイスブックに次ぐ規模に達した。
ティックトックでベトナム語の「中国」を検索すると、ポジティブな結果が圧倒的に多く表示され、2023年までさかのぼる投稿も多い。人気が高いのは中国兵士が一糸乱れぬダンスを披露する動画や、中国の都市の発展を紹介する映像などで、多くの閲覧者が中国の急速な発展に称賛を送っている。
さらには、「南シナ海」に相当するベトナム語を検索すると、両国が領有権を争う海域であるにもかかわらず、熱帯性低気圧のニュースや、ベトナムと同じくこの海域の一部に領有権を主張するフィリピンと中国の緊張を取り上げた動画が多く表示されるという。これは、アルゴリズムの偏りを避けるためにユーザープロファイルを設定せずに行ったテストで確認された。
中国の「完璧な」兵士
ハノイでは9月にベトナムの独立80周年を祝う行事が開かれた。数万人が沿道を埋め、多くの市民がベトナム軍と並んで行進する中国軍を見ようと集まったが、このような光景が見られたことはかつてなかった。中国が最後にベトナムに侵攻したのは1970年代後半で、ハノイの主要道路には中国と戦った英雄の名前が付けられている。
「待った甲斐があった。とてもかっこよかった。動きがぴったり合っていてすごい」と話したのは、ホーチミン市からやって来て中国部隊を見るために戸外で徹夜したレ・フエン・ミーさん(22)だ。軍事パレードの動画の中にはティックトックで330万回再生され、およそ1400件のコメントが寄せられものもあり、その多くは中国兵士の「完璧な」行進を称える内容だった。
ISEASのグエン・カク・ザン氏は「ベトナム人の若者はネット上で以前ほど中国に対して強硬ではなくなっているが、それは中国への反感が薄れたというよりも、国家によるナショナリズムの統制が一層強まっていることによるところが大きい」と指摘する。
ベトナムでは今もオンラインで反中キャンペーンが頻繁に行われており、特に南シナ海について中国寄りの地図を使用する企業が標的となる。ただ抗議活動は長続きしないことが多く、2018年当時とは様変わりしている。
当時、ベトナム政府が中国企業に有利とされる経済特区の設置計画を発表した際には反中デモが広がり、政府は計画の棚上げを迫られた。今では国境付近の新たな経済特区構想についてベトナム国営メディアが頻繁に報じても、抗議はほとんど起きない。
RMIT大学ベトナム校の研究者グエン・フン氏は「経済的利益がナショナリズムに勝っている」と話した。米国との貿易摩擦が激化する中、ベトナム政府は中国に対して実利的なアプローチを強めていると指摘する。
ベトナムの統計によると、中国企業は現在ベトナムの主要投資家の一角を占め、両国首脳の会談も頻繁に行われている。
中国文化への関心も高まっている。習近平国家主席は過去2年間で2度ベトナムを訪問。ベトナム最高指導者のトー・ラム共産党書記長も2024年の就任直後の初の外遊先として中国を選んだ。
グーグルトレンドによると、ベトナムでは「中国」に関するオンライン検索が急増し、中国の映画や言語への関心が特に高い。中国国営メディアによると今年第1・四半期にはベトナムが中国語能力試験(HSK)の世界最多登録国となった。
だが、中国が幾世紀も続く複雑な関係の中で幾度となく痛感してきたように、ベトナムの誇りはなお深く息づいている。
「中国兵は魅力的に見えるが、やはりベトナム兵が一番だ」。9月、ハノイでのパレードを見に来た学生のグエン・フエ・バンさん(21)はそう語った。
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