価値向上を実現する企業群「SX銘柄」とは(第1回) 先進的なサステナビリティ戦略がもたらす価値

武藤経産大臣が語る、SX銘柄選定の意義
―SX銘柄選定の概要と、SX推進が持つ意義について解説いただけますでしょうか。
経済安全保障を含めた地政学的リスク、各国の政策変更、気候変動など、企業はビジネスを展開する上で、さまざまな不確実性に直面し、事業環境はいっそう複雑化しています。

武藤 容治氏
こうした中、企業には、社会のサステナビリティを経営に織り込むことにより、長期的かつ持続的に成長原資を生み出す「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」を通じて、〝稼ぐ力〞を高めていくことが期待されています。
しかし、こうした課題の多くは経済合理性が見いだせず、利益創出につなげていくには本来的には困難を伴います。このため、範となるビジネスモデルの構築が効果的と考えています。こうした背景の下、昨年から、先進的な企業群をSX銘柄として選定しています。
―経済産業省と東京証券取引所が、共同でSX銘柄の選定を開始された背景についてお聞かせください。
SXを成し遂げるには、企業側は、自社のアイデンティティから導き出す、長期的かつ持続的な価値創造ストーリーを構築すること、投資家側は、長期目線の対話を行い、企業と投資家の共通理解を醸成しながら、長期的な企業価値の向上を促す活動を充実、強化していくことが求められます。
そこで、投資家等との建設的な対話を通じてSXに取り組む先進的企業をSX銘柄として、東京証券取引所と共同で選定・表彰することで、日本企業の経営変革や国内外の投資家からの評価を高めていきたいと考えています。
―今回選定された13社のSX銘柄企業について総評と、選定においてとくに重視された点をお聞かせいただけますでしょうか。
選定された13社は、環境負荷低減、健康や資源循環型社会の実現といった社会課題を自社の価値観に基づき重要課題として特定し、いかに社会に価値を提供していくか「目指す姿」を明確にしています。これを自社の長期戦略・実行戦略に落とし込み、KPIやガバナンスとも連動させながら、投資家と長期的な企業価値の向上に向けて対話を深めているという点が、選定したポイントです。
―経済産業省として、SX銘柄の選定を通じて、日本の社会にどのような価値をもたらしていきたいとお考えでしょうか。
日本企業は世界有数のイノベーション創出力を持ちながらも、収益性が低いという課題があります。それがゆえに、資本市場における短期的な利益追求を助長し、それがイノベーション創出に向けた成長投資の縮小につながり、さらに低収益性が持続してしまう、という悪循環が生じています。
SXを通じて、日本企業が長期的な競争優位を確立し、ステークホルダーに価値を提供し、持続的な収益の創出と競争優位のさらなる強化につなげ、企業価値の向上を果たしていくという価値協創の好循環が確立する一助となることを期待しています。
選定企業の総評
※各企業の並びは50音順となります
◎企業理念が実績によって裏付けられており、長期戦略の基盤となっている
◎マテリアリティは独自の特色を反映した内容であり、企業理念に則したものとなっている
◎マーケティング・デジタル・コーポレート全体のフレームワークの見直しを行い、その結果、業績の向上が確認される
味の素
◎「アミノサイエンス®」という独自の競争優位性を踏まえた将来のビジネスモデルを構築し、ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)実現を軸としたパーパス・マテリアリティ・各実行戦略の一貫性が確認できる
◎長期の目指す姿を掲げたASV経営のいっそうの加速・進展が見られ、SXを体現する代表格と考えられる
KDDI
◎自社の強みである通信技術を中心に、パートナーシップや安定した財務基盤といった強みを生かし、社会に提供する価値を企業価値向上につなげるという価値創造ストーリーを構築している
◎既存事業と新規事業がきれいに整理されていることで、それぞれの戦略の説得力、一体となった企業価値創造ストーリーが伝わる
ソフトバンク
◎テクノロジーを競争優位性として社会価値を創出する価値創造ストーリーを構築している
◎中長期的な成長の指標としてTSRを採用しており、実効性を持たせるため、役員報酬と連動させている
第一三共
◎製薬企業の核となるサイエンスに関する開示は学会情報の説明であり、優れている
◎世界中の大きな社会課題である抗がん剤創薬を技術とテクノロジーで解決する、本業に根差したサステナビリティ経営が随所に行き渡り、かつ高い業績を上げ続けており、SX企業の代表格といえる
ダイキン工業
◎環境負荷低減が長期戦略となる、非常に理解しやすいストーリーを構成している
◎本業と密接に関係する気候変動を最重要課題とし、課題解決に向けた仕組みづくりについてわかりやすく説明している
TDK
◎「創造によって文化、産業に貢献する」という社是の下、自社のコアコンピタンスを未来の社会に活用するため、どのように事業ポートフォリオを変革して価値創造を進めるか、明確に示されている
◎市場全体のトレンド(GX・DX)を把握し、中長期的な目線で自社の戦略に組み込んでいる
ニチレイ
◎将来の社会状況を踏まえ、自社の位置づけに関する明確なビジョンを設定し、その実現に向けて多様な指標を用いた経営を行っている
◎各戦略はストーリー性を持って策定され、総じて一貫しており、統合されている
パーソルホールディングス
◎ビジネスモデルを通じて解決すべき社会課題が明確な方向性を持っており、価値観と実行戦略がストーリー性を持って展開されている
◎取締役会の実効性評価の取り組みから、実効性の高いガバナンス体制が確立されている状況がうかがえる
ブリヂストン
◎経営課題の抽出と、自社の強みを生かした対応や達成への方向づけに関するストーリーが構築されている
◎EVをはじめ、モビリティの進化を支えるタイヤを目指し、製造過程のCO2削減や生産過程の省エネ化、持続可能な天然ゴムサプライチェーンのマネージメント、モビリティエコシステムの構築など、優れた取り組みをしている
明治ホールディングス
◎2026年までのビジョンに基づき中計が策定されているほか、ROESG®を掲げた上で各実行戦略の方向性が明確に示されているなど、ROESG®を軸とした目指す姿に向け、サステナビリティを重視した実行戦略が遂行されている
※「ROESG」は一橋大学教授・伊藤邦雄氏が開発した経営指標で、同氏の商標です。
良品計画
◎堅固なビジョンを基盤として長期戦略および実行戦略が策定されており、計画を着実に進めている
◎品質と製造プロセスにおけるサステナビリティを統合し、これをブランド価値の一環として位置づけている
◎グローバル展開に際しては、「地域分散資源循環業」への転換を戦略的に掲げており、地域ごとの特性を生かした事業展開を目指して従業員の多様性の促進やインセンティブ制度の工夫に取り組んでいる
レゾナック・ホールディングス
◎「化学の力で社会を変える」というパーパスから、ビジョンを打ち出し、「責任ある事業運営による信頼の醸成」「イノベーションと事業を通じた共創力&競争力の向上と社会価値の創造」「自律的で創造的な人材の活躍と文化の醸成」の3つの重要課題を定めており、価値観・ビジョンと長期戦略が統合されている
◎2030年に「世界トップクラスの機能性化学メーカー」になることを長期ビジョンのゴールに定め、達成に向けた取り組みが具体化されている
受賞企業インタビュー/アシックス
ランニングエコシステムで企業価値向上を目指す
2018年から進めてきた経営改革の大きなポイントは、事業の核となる「ランニング」に経営資源を集中させたことです。

常務執行役員CFO
林 晃司氏
レース登録企業をグループ内に複数取り込み、「ランニングエコシステム」を構築。すでに年間約1000万人のランナーとのタッチポイントを獲得し、レース参加サポートなどを通じて、ユーザーに向けて豊かなランニング体験を提供しています。今後もさらにパーソナライズされたサービスの提供により、「ランニングプラットフォーマー」のポジションを確立していきます。
また再現性を高める仕組みとして導入したのが、カテゴリー経営体制です。生産部門と販売部門の様に機能別であった体制を、カテゴリーのトップが企画から生産、販売まで全ての責任を担う製品別の体制としました。カテゴリー利益率、カテゴリー利益額、人員数、在庫の4つの指標でKPI を設定・運用しています。
シューズ開発にも力を注いでおり、ランナーが安心して履けるためのラインアップ強化や、フルリサイクルできるシューズ、インソールに温室効果ガス排出量を表示する取り組みも始めています。
企業価値を向上させるため、資本市場との双方向の対話も重視しています。投資家やアナリストからのフィードバックを基に、情報開示の充実に向けた議論や改善案の検討・提案をより一層推進することで、資本市場においてもフロントランナーを目指したいと思います。