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複々線工事に携わった工務部(管理担当)の橋口京央さんは「電車が走る線路の真下を掘っていくのは過去にないくらいの難工事でした。下北沢の地名に『沢』と付くくらいですから、水との戦いでもありました」と説明する。
小田急電鉄工務部の糟谷拓海さん(左)と橋口京央さん(記者撮影)
地下に残る難工事の跡
「世田谷代田から発進したシールドマシンは下北沢でUターンし、また世田谷代田へ戻ってきました。トンネルの壁の色がほかと違う部分はシールドマシンの“抜け殻”です」(橋口さん)
急行線階の天井や床面には工事中、仮設の線路を支えていた柱のH鋼の跡がいまも残る。
画面奥の小田原方に出口の光が見える。地面や天井には仮設の線路を支えていたH鋼の柱の跡も(記者撮影)
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