話を聞きながら、金沢工業大学本館や沖縄コンベンションセンターなどの大谷さんが手がけた建築を思った。河原町団地の逆Y字住棟はどのように残り、変化していくのだろうか。
そんな河原町団地に石川さんは平成10年ごろに訪れている。「内部の広場は子どもの遊び場になっていて、ずいぶん楽しそうでした。住んであの空間を使ってみたいという気がしました」と振り返った。
前出の河野さんも、竣工後に何度か足を運んでいる。住人の広場の使い方や住み心地について関心があり、直接話を聞いたこともあったという。

「巨大でスケールがすごいですよね。団地の住棟の間に中庭を作るのとは違い、“室内化している”という意味では斬新な提案だったと思います。面白いという方もいれば、『よくわからない』『閑散としている』という方もいらっしゃいました。住人の数だけ住み心地や反応もあると思います」(河野さん)
静かにたたずむ川崎の逆Y字住棟
川崎市は、1972年に政令指定都市に移行した。その後も人口は増え続け、2024年には155万人を突破した。一方で、年少人口は大きく数を減らしている。
筆者は団地を歩き、資料写真で見たにぎわいとは違う静かな雰囲気に驚いた。広場は利用時間が決まっていて、ボール投げや大きな声を出すことが禁止されていた。河野さんが触れていたように音を気にする人も結構多いのかもしれない。
50年という時が流れ、周辺の街並みも暮らす人も移り変わった。
しかし逆Y字の住棟は、今もそのままの姿で立っている。二度と現れることのないであろう住棟を静かに見守っていきたい。


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