62歳で大分から「東京移住」、初のマンション暮らしでトラブルも。東京生活は「大分の時より健康的」な理由とは?移住後8年たった現在の心境
売るのが思いのほかスムーズだったため、家の片付けも極めて順調だった。
大分の家は4LDKで広さが80㎡ほど。東京では家賃を考えると2LDKくらいの物件を探すことになり、スペースは相当小さくなる。だが、夫妻は「断捨離」が得意だったことに加え、春美さんはもともと運送業を営んでいたため家具の処分や運搬はお手の物。保有する軽トラで自らゴミ処分場にどんどん運び、結局引っ越し荷物は2トントラック1台分くらいにおさまった。

高齢者に立ちはだかる「賃貸契約」の壁
しかし、家や家財の処分よりも遙かに大変だったのが、東京での家探しだった。
あゆみさんが住んでいた東京都中野区の周辺をあたったが、夫妻の年齢がネックになって十数件は断られた。当初は反応が良さそうな物件でも、あゆみさんが「両親が住みます」と伝えた途端、不動産業者の方から怪訝な顔をされた。
「病気の両親を東京に呼び寄せると思われたようです。ほとんどの物件へ入居断られたことには、衝撃を受けました。入居者が途中で亡くなる、いわゆる『事故物件化』することを懸念していたのだと思います。シニアが実家じまいして賃貸に移り住むケースが少ないのは、こういう点が背景にあると思います」(あゆみさん)
最終的には、夫妻の移住先は中野区内に決まった。大家さんの人柄もよく、大井さん一家も信用してもらえたという。ただ、そうした契約に至ったケースでも契約はあゆみさん名義とし、保証人は弟さん、住むのが両親という形を取った。
春美さんは言う。「シニアが東京で家を見つけるのはとても大変だとわかりました。東京でも働こうと思っていましたが、家が決まらないと職を探すこともできない」
春美さんは当初東京でガードマンの仕事などに就こうと考えていたが、あゆみさんが個人でやっていた編集プロダクションの事業を法人化することになったため、2人も従業員として働くことになった。
現在も父が経理など、母は文章の校正やテープ起こしなど編集の補助的業務を在宅でやっている。

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