「何もしないほうが得」消極的な日本人が増える背景 "自ら行動しない態度"が広がっている
このように個人にとって「何もしない」という選択にはそれなりに合理性がある。しかし見方によれば、きわめて利己的な態度である。なぜなら、それは「自分がしなくてもだれかがやってくれる」という甘え、あるいは「どうなってもしかたがない」という考え方につながるからである。
別の表現をすれば共同体の一員としての責任を果たさず、ただ共同体の一員としての恩恵にあずかろうとするフリーライド(ただ乗り)の姿勢だともいえる。だから私はそれを「消極的利己主義」と呼んでいる(前掲、拙著『何もしないほうが得な日本』)。
社会システムに何らかの欠陥
「消極的利己主義」は、だれもが同じ態度や行動を取ったら組織が成り立たないので、普遍性に欠ける行動規準だといえる。にもかかわらず、それが個人にとって合理的だということは、有形無形のインセンティブが不足しているか、負のインセンティブが大きすぎるわけであり、社会システムに何らかの欠陥があることを意味している。
ただ、積極的すなわち作為による利己主義に比べて、不作為による利己主義は気づかれにくく、問題を見えにくくしている。たとえていえば、公金を盗めば犯罪になるが、税金を滞納してもただちに犯罪になるわけではないのと似たようなものだ。
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