生成AIで売り上げ伸ばすビジネスモデルの再発明 業務効率化よりも優先すべき経営課題とは
高精度なビジネスモデルに生成AIの活用は不可欠
――PwC Japanグループを挙げて、「ビジネスモデルの再発明」という大きなテーマに取り組んでいます。
濱田 国際情勢の変化に伴い、市場も目まぐるしく動いています。変数が多くなり、経営戦略に必要な「先読み」の難易度がかつてなく高まっています。
加えて、企業は人口動態や消費者意識の多様化といった変化に合わせて、価値創造のあり方を変えていかなくてはなりません。 とりわけ日本は、成熟している企業が多いため、これまでの延長線上では成長の余地が乏しくなっているという現実もあります。だからこそ、新しい価値を創造してトップラインを引き上げるビジネスモデルを再発明しなくてはならないのです。
――そのためには、何が必要でしょうか。
濱田 テクノロジーの実装が不可欠です。ビジネスにおけるテクノロジーの重要性はますます高まっていますが、この数年はAIの存在感が際立っています。中でも、破壊的なインパクトをもたらす可能性が高い生成AIを抜きにしては、次代のビジネスは語れないでしょう。スピーディーかつ高精度なビジネスモデルを再発明するうえで、生成AIは欠かせません。
――生成AIに関してPwCグローバルネットワークの中で先行しているのが、日本だと伺いました。
奥野 これまでデジタルテクノロジーは、米国が先行し、日本は3~4年遅れて追随するのが常でした。しかし生成AIは異なります。私どもの実態調査では、急激なブームとなった2023年春の時点で、日本企業のほうが米国よりも先行していたのです。そうした動きに合わせ、私どもも、生成AIに関するコンサルティングをかなり初期に提供開始しました。
その結果、世界中のPwCのメンバーファームから生成AIについて問い合わせを受けています。これまでのデジタルテクノロジーのように諸外国の先行事例を追うのではなく、ユースケースも定まっていない状況から私たちのチームがゼロからイチを生み出し、グローバルに展開しています。
生成AIを個別開発する時代はもう終わりだ
――PwCのグローバルネットワークにおいて「生成AIの最前線」たるポジションにいるわけですが、現状をどのように見ていますか。
奥野 これまでのデジタルテクノロジーと同様に、生成AIも、先行企業が手探りしながらアプリケーションを内製化しています。ただ、これも従来の流れと同じで、個別開発のニーズは近い将来縮小していくと見ています。すでに、プラットフォーマーやITジャイアントと呼ばれる企業が汎用的な生成AI技術の開発に巨額の投資をしていますので、個別に内製化する時代から、汎用的なツールを利用する時代へと移行していくでしょう。
そうなると、最終的な差別化要因はデータになります。そもそもAIは、学習するデータがなければ何も答えられません。質の悪いデータで学習すれば、アウトプットの質も悪くなります。多くの企業が「社内の既存のデータを使って生成AIを活用しよう」と考えていますが、実はもう一歩先に踏み出して、広く良質なデータを収集しないと高い価値を創造できないのです。
濱田 この視点は重要です。なぜならば、データはビジネスプロセスから生み出されるからです。良質なデータを得るためには、ビジネスプロセスの改革に取り組んだり、社外のデータを活用するためにデータエコシステムを構築したりする必要が出てきます。生成AIがトリガーとなって、新たなアライアンスなど、ビジネスモデル全体の再発明を促す可能性があります。
奥野 注意したいのは、生成AIは、これまでにないタイプのテクノロジーだということです。これまでのITやデジタルテクノロジーは、想定どおりの正解をより早く、正確に導き出すためのものでした。ところが、生成AIは違います。問いかけに対して、どんな答えが出てくるかわかりません。これまでのビジネスプロセスは、こうした正解を求めないテクノロジーを活用するなど、想定していなかったはずです。逆に言えば、生成AIを活用したビジネスモデルは、これまで想像もしなかった新しいものとなるでしょう。創造される価値自体も、提供方法も今までにないものとなるかもしれません。
属人的なノウハウを吸収しデータマネタイズも可能に
――具体的にはどのようなビジネスモデルが考えられるでしょうか。
奥野 例えば注文住宅の営業について考えましょう。従来のCRMでも、顧客の属性や最終的に成約した物件の図面、ファイナンスに関する情報などは残されているでしょう。一方で、顧客が漠然と思い描いていたイメージ、例えば「仕事で疲れたとき、家族の笑顔に癒される家」といった要望、さらには例えば料理が好きで休日は家族みんなでキッチンに立ちたい、といったこだわりがあったとします。それに対して、営業としてどんな間取りを提案したのかといった「やり取り」に関する情報はPCの中に眠っていて、そのノウハウは属人化しているといったケースが多々あります。こうしたデータを生成AIに学習させることで、営業の「ノウハウ」を形式知化し営業担当者をサポートさせられる。そうすると、経験の浅い営業担当者だったとしてもプラスαの提案をする余裕が生まれます。
濱田 そうすると、例えば家だけでなく、インテリアも一緒に提案し、家具メーカーから販売手数料を得るようなビジネスモデルも考えられるかもしれません。あるいは事前に顧客がAIと一緒に理想の家をデザインして持ち込むことで、営業プロセスを劇的に短縮できるかもしれない。ただ単純に営業の仕事を生成AIで代替するのではなく、よりきめ細かいおもてなしや新しい提案をするなど、営業の役割が変わっていく可能性があります。新人営業のトレーニングに使うこともできるかもしれない。このように生成AIの活用が新たな価値創造につながる可能性は十分にあります。
奥野 生成AIはデータのマネタイズの可能性も広げます。生成AIを使えばデータそのものを開示することなく、データから導き出されるインサイトだけを販売することもできます。
目まぐるしい変化に法規制への対応は必須
――生成AIを活用してビジネスモデルの再発明に取り組む際、留意すべきポイントを教えてください。
濱田 まずは、生成AIでできることと、できないことをしっかりと見極めてビジネスプロセスを組み直す必要があります。
奥野 データを扱う際の基本ですが、やはり品質の維持は重要です。正確性と一貫性がしっかり担保され、古いデータを適切なタイミングで削除して最新性を保たなくてはなりません。
また、もっと重要なのがセキュリティーとプライバシーに対する対応です。個人情報保護を含めたデータガバナンスを実施することが重要です。
濱田 データの品質を守りつつ、データの利用方法や生成AIが導き出した回答などがプライバシーを侵害していないか、法的に問題ないか、常時チェックしないといけないということです。
その点、PwCコンサルティングは、法規制や各種リスクに対応できるように、PwC Japanグループ内の監査法人や弁護士法人のプロフェッショナルが、部門や組織の壁を越えて協働しています。各業界のスペシャリストがそろっており、生成AIですでに多数の事例を積み重ねているため、ベストプラクティスのご提案やリスク回避ができるのも強みです。
奥野 もう1点、生成AIの世界でホットなキーワードである「マルチエージェントモデル」にも着目すべきでしょう。自律的にタスクを実行する複数のAIエージェントに役割を与え、お互いに示唆を与え合うことによって、レベルの高い回答が出せるというものです。
濱田 生成AIが自律的にタスクを実行する段階に突入するということは、私たち人間にはAIに与える「問い」を立てる能力が今まで以上に問われるということです。適切な問いの下で一定の精度で未来に関する仮説を立てて、戦略を策定することがより重要になりますので、私たちコンサルティングファームの果たすべき役割はさらに重くなると考えています。
ディスラプションの大波に対抗するには
――今後の生成AIの進化を踏まえ、企業が持つべき視点についてアドバイスをお願いします。
奥野 PwCグローバルネットワークの中では、日本が先行していると申し上げました。しかし、私たちがご支援しているプロジェクトの多くが業務効率化にフォーカスしています。一方、最近ではWeb会議の議事録が自動で記録されるのが当たり前になっているように、業務効率化領域においてはベンダーから次々と有用なソリューションが提供されており、個別開発は不要な時代になりつつあります。業務効率化のための生成AIに投資をしても、回収しきれず無駄になるおそれもあると私は考えています。
もちろん業務効率化は重要ですが、あくまでも、トップラインを引き上げるビジネスモデル変革のための生成AI活用にシフトすることを強くおすすめします。
濱田 ディスラプティブイノベーション(破壊的イノベーション)という言葉があります。市場競争の従来のルールを破壊し、業界構造自体を劇的に変えて既存企業のシェアが奪われるようなイノベーションです。これはどんな業界でも起こる可能性がありますし、円安基調の中で海外企業は虎視眈々と日本を狙っています。ですから、ディスラプトされる前に、生成AIをうまく活用して、業務効率化にとどまらず、トップラインを引き上げるようなビジネスモデルの再発明に取り組んでいただきたいと強く思っています。PwC Japanグループは、全力でそのサポートをしていきます。