アウディ「新規来店率6割」を達成した"新戦略" 「紙DM×デジタル」のハイブリッドで来店計測
減少が続くディーラーへの新規顧客来店数
ドイツ自動車大手フォルクスワーゲンのプレミアムブランド、アウディ。正規ディーラーを日本国内に121店舗展開している。
ディーラーはさまざまな顧客体験ができる場所だ。複数の車種を五感で比較検討でき、気になった点は専門スタッフから説明が受けられる。試乗で実際の乗り心地や操作性などを確かめられるのも大きい。
ところが今は、ディーラーへの来店数が減少傾向にある。フォルクスワーゲン グループ ジャパン アウディ マーケティング本部リテールマーケティング部のマネージャー、日比野忠司氏は次のように説明する。
「以前は、複数ブランドのディーラーを回って検討するのが一般的でした。しかしインターネットやSNSが普及して情報が入手しやすくなってからは、『この車を買いたい』と決めた後に来店する方が増えています。コロナ禍でその傾向に拍車がかかり、新規のお客様の来店数は減少傾向にあります」
加えて、自動車業界はCASE(コネクテッド・自動運転・シェアリング・電動化)と呼ばれる大変革期を迎えており、顧客層の変化が予想されている。中でもアウディは、電気自動車(EV)を積極的に推進。2026年以降に発売する新車はすべてEVにすると宣言済みだ。
他方、日本のEV市場は拡大傾向にはあるものの、まだ小さい。日本自動車販売協会連合会によれば、2023年の新車販売台数のEV比率は約1.66%。時代の変化を踏まえ、潜在的なニーズが増していることは明らかながら、市場が小さいためターゲットが絞りにくい状況だといえる。
「EVを購入する層は先進的な考え方を持っているとか、テクノロジーに関心が高いといった分析はもちろんしています。しかし、社会が目まぐるしく変化する中で、趣味嗜好という動的な顧客属性は今まで以上に流動性が高くなると考えられます。そうした状況に対応するには、より先進的なマーケティング活動をしていかなければならないという課題感がありました」(日比野氏)
エッジの効いたセグメントを可能にした多様なデータ
ディーラーへの来店促進を検討するに当たっては、もう1つ大きなハードルがあった。従来の来店促進施策は紙のDMを郵送する方式が中心だったが、来店につながったか等の効果検証がなかなかできなかったのである。
来店率を上げるためのPDCAサイクルを回したくても、C(Check:測定・評価)の部分が抜けていては手の打ちようがない。電通デジタルでアウディ支援チームのリーダーを務める齋藤圭祐氏は、当時をこう振り返る。
「当たり前の話ですが、紙のDMを受け取った人の来店計測ができる仕組みはこれまでありませんでした。しかし、計測ができないから、デジタルでの告知に移行すればいいという話ではありません。紙のDMの効果も決して否定できるものではないからです。
紙とデジタルをハイブリッドで運用しながら、効果検証が可能な方法を生み出す必要があり、かつ全国121店舗あるディーラーで統一して実施しなければなりませんでした」
「デジタルの告知を活用したオンライン側」だけでなく「従来の紙DMを活用した実店舗の施策」との両方を同時に効果検証でき、かつEVに関心を持つ潜在顧客層へアプローチできる方法――。この難条件をクリアするため、電通デジタルが構築したのが、docomoのデータを活用したソリューションだった。このプロジェクトをリードした電通デジタルの渋谷健太氏は、次のように説明する。
「最大のポイントは、docomoにはユーザーの使用許諾を取得したデータを安全に活用・分析できるサービス『docomo data square』があり、配信ログから来店数まで一気通貫で捕捉できることでした。
加えて、日本全国を網羅している基地局をdocomoが所有していることで、全国のユーザーの位置情報を活用し、全国規模での来店者数の測定ができるのも大きなメリットでした」
ID単位でひもづいた大規模な「位置情報データ」、さらに「dポイント」「d払い」の決済にまつわるデータや、アンケート、サービス利用履歴などの、オンライン・オフライン両方を含むデータを活用し、より解像度の高いユーザーへの訴求を実現しつつ、来店効果を検証できるというわけだ。
大きな課題だったターゲットの絞りにくさに関しては、約1億人※と厚みのある会員基盤が効果を発揮した。電通デジタルのプラットフォーム1部でdocomoソリューションを担当する中沢真由子氏は、「活用可能なデータがバラエティ豊富だからこそ、エッジを効かせたセグメントができた」と話す。
※参照元:https://ssw.web.docomo.ne.jp/marketing/strengths/
「今回活用した広告メニューの1つである運用型の「docomo Ad Network」では、キャリア決済データや利用許諾ユーザーのアプリ利用ログ、基地局/Wi-Fiを基にした位置情報データを活用しました。
これらのデータを網羅的に活用することで、富裕層や自動車関心層だけでなく、SDGsへの意識が高い層や芸術・ファッションに関心を持つ層などが抽出できました。これは、docomoならではの豊富な会員基盤があるからだと思います。
そうしたデータと、想定されるEVのペルソナとの差分から、購入検討確度の高いユーザーをターゲティングして配信セグメントを作成しました」(中沢氏)
輸入車ディーラーの「ハードルの高さ」を下げる効果
docomoのデータを活用した来店促進施策を展開したところ、来店率が上がっただけでなく、新規率が6割以上という結果をたたき出した。アウディの日比野氏は「これまで、6割が新規顧客という成果が出た施策はおそらくなかった」と驚きを隠せない。
「従来、アプローチできていなかったお客様が来店されたのは間違いありません。全国のディーラーからは『国産自動車に乗っている方が来店された』『docomoの広告を見て来たとお客様がおっしゃっている』など、これまで聞いたことがない声がいくつも上がってきています。
輸入車のディーラーに行くのはどうしてもハードルが高いといわれますが、今回の施策は、そのハードルを下げる効果もあったと感じています」(日比野氏)
デジタル上のアクションをすべてトラッキングすればいいかというと、当然そうではない。見積もりや試乗の申し込みなどは捕捉できても、それ以外の来店にデジタル上のアクションが寄与したかどうかはわからないの
そのブラックボックスを明らかにする新たな手法を生み出せたのは、電通デジタルが長期間にわたってアウディに伴走し、解決すべき課題を熟知していたからだと日比野氏は評価する。
「電通デジタルからは、広告を活用するマーケティング活動だけでなく、ディーラーのWebサイト運営やコールセンターの運営などの支援も受けています。これまでディーラーの生の声を聞いてきたからこその知見が、今回のdocomo施策にも生かされているのではないかと思います」(日比野氏)
実際、今回の施策はdocomoのサービスありきではなく、課題ありきで生まれたものだという。「電通デジタルとしても、今回の施策のような紙DMとデジタル、ハイブリッドの事例は少なかった」と中沢氏が明かすように、課題ありきでアプローチした結果、この施策はアウディや電通デジタルにとっても、docomoのソリューションを活用した新たな価値の創出となった。
「全店舗で実施できる施策であることが前提条件という中で、121店舗の商圏データと掛け合わせることはかなりの難題でした。docomo側には何度も調整をお願いしました」(渋谷氏)
そんな難題に取り組むベースとなっていたのは、これまで培ってきたアウディと電通デジタルの緊密な連携。アイデアレベルの相談が可能な関係だからこそ、前例のない新たな挑戦をスピーディに進められたのだろう。「困難なプロジェクトをクリアできる実行力が、電通デジタルの強みです」と齋藤氏は力を込めた。
その姿勢は、世界的に知られるアウディのスローガン「Vorsprung durch Technik(技術による先進)」とも通じているといえるだろう。「これからも電通デジタルには、目まぐるしい変化に負けない先進的なマーケティング支援を期待したい」と取材の最後に語った日比野氏。両社のタッグは、自動車業界だけではなく、幅広い業界の先進事例になりうる道を切り開いていきそうだ。