“国内初”正規ディーラー「新車EC挑戦」の裏側 「営業 VS EC」ではなく「営業×EC」実現の訳

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自動車の販売といえば、対面を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。だが、自動車ディーラーの岡山ダイハツ販売は、国産自動車メーカー資本の正規ディーラーとしては初となる、自動車のオンラインショップ「岡山ダイハツ みらい支店」を開設。業界の常識を覆し、新たなビジネスモデルを構築しつつある。実店舗の販売で好調を維持しているにもかかわらず、新たなチャレンジに踏み切ったのはどうしてなのか。その真相を取材した。

国産自動車メーカーのダイハツ工業の正規ディーラーとして、岡山県内に13店舗を展開する岡山ダイハツ販売。7年連続で軽自動車の販売台数県内1位※1を獲得するなど、業績は好調に見える同社だが、今から約2年前、大きな壁にぶち当たっていたという。

岡山ダイハツ販売
総合企画本部
本部長の山下将氏

「最近は自動車の機能が複雑になっているため、お客様にご説明すべきことが非常に多く、商談時間がどうしても長くなってしまい、大きなご負担をかけていました」(岡山ダイハツ販売 総合企画本部 本部長の山下将氏)

同社の営業職であるモビリティーライフアドバイザーは、1人当たり平均700人の顧客を抱えている。商談時間が長くなることで、1日に対応可能な数は頭打ちとなり、営業の幅をなかなか広げられなかった。

「時間がないからといって、お客様対応の質を下げるわけにはいきません。同時に従業員も同じぐらい大切な存在です。だからこそ、ディーラー業界では珍しい完全週休2日制を導入し、『ノー残業』を推進してきました。限られた時間の中でいかにお客様対応の質を高めていくのかが課題でした」(山下氏)

加えて、“ディーラー離れ”に対する危機感も抱いていたという。

「購入前の検討をWeb上でして、購入を決めてからディーラーに訪問されるお客様が多くなっているため、ディーラーへの平均訪問回数が減っています。商談時間の長さだけではなく、営業日や営業時間も影響しているのかもしれませんが、ディーラーが必ずしも『車を選ぶ場所』ではなくなってきているのかもしれません」(山下氏)

※1 岡山県軽自動車協会「岡山県内軽乗用・軽貨物新規届出台数」

店舗と同様の体験ができるオンラインショップ

こうした課題を解決するため、岡山ダイハツ販売は、国産自動車メーカーの正規ディーラーでは前例のなかったオンライン販売の導入に踏み切ることになる。購入の検討段階の受け皿としての役割に加え、複雑かつ多岐にわたる各種説明のコンテンツを用意することで、商談時間の短縮による客の負担軽減、機会損失の回避、店舗業務の効率化による働き方改革を狙ったのだ。

また、24時間365日受け付け可能なAIチャットボットを導入することで、トップセールスパーソンの接客対応をオンライン上でも実現している。

岡山ダイハツ販売のEC展開を支援した、電通デジタル ビジネストランスフォーメーション部門 カスタマーサクセス第2事業部 シニアコンサルタントの佐々木直美氏は次のように解説する。

電通デジタル
ビジネストランスフォーメーション部門
カスタマーサクセス第2事業部
シニアコンサルタントの佐々木直美氏

「コロナ禍で国内のEC市場は、ますます拡大を続けていますが、自動車販売のEC化率は、自動二輪車やパーツなどを含め、わずか3%ほど※2です。しかも、自動車の車体の取り扱いは、サブディーラーや中古車業者によるものがほとんどで、新車はあまり前例がありませんでした。基本的に受注生産であるため、契約から納車までの時間的ギャップが生じる流通構造や、ローン審査や新車登録などの手続きが必要なこと、高額なためEC上で取引が完結しにくいことなどが理由として挙げられ、岡山ダイハツ様にとっては非常にチャレンジングな試みでした」

一方で、山下氏が指摘したように、客が店舗で検討していないということは、来店前後にオンライン上で情報収集している可能性が高く、そこにチャンスを見いだしたのだという。

ISIDビジネスコンサルティング
代表取締役社長の寺嶋高光氏

「ECサイトをオープンしてAIチャットボットを設置しただけでは、上質な顧客体験は実現できません。しかもディーラーの場合は、納車後のメンテナンスを含むアフターサービスも非常に重要です。ただオンラインで売ればいいのではなく、オフラインとシームレスにつなぐ、つまり店舗と同様の体験をオンライン上でできるサービスをデザインできれば、可能性は広がると考えました」(ISIDビジネスコンサルティング代表取締役社長の寺嶋高光氏)

オフラインである店舗と、オンラインであるECサイトとのつながり。EC展開と聞くと、オフラインのディーラービジネスとは別個の販売チャネルを開設するように受け止めるかもしれないが、山下氏は明確に否定する。

「ディーラーは、ただ単に自動車を売る場所ではありません。車検や点検などのメンテナンスから事故対応や保険まで、地域のお客様のカーライフを総合的にサポートする役割を担っています。ですから、直接ご対応するのが基本ですし、オフラインとオンラインを分けるという考え方自体を持っていません」

※2 経済産業省「令和 2 年度産業経済研究委託事業(電子商取引に関する市場調査)」

顧客向けコンテンツが新人研修にも役立つ?

オフラインとオンラインを分けない――。実際、その方針は徹底され、売り上げの計上にも適用した。オンラインショップである「岡山ダイハツ みらい支店」(以下、みらい支店)で受注しても、納車時に担当したモビリティーライフアドバイザーの売り上げにすることとしたのだ。

これは、オンライン販売に対する社内の理解を得るうえで、重要なポイントとなった。ECサイトに売り上げがつくと「営業職 VS ECサイト」の図式になってしまうが、より営業活動を充実させるプラットフォームと位置づければ、シナジー効果が期待できるからだ。実際、成功事例が出てくるにつれて、みらい支店を「営業活動を助けてくれる存在」という認識が広がっていったという。

大きな課題だった商談時間の短縮も実現。3~4時間かかるのが当たり前だったのが、50分程度で成約に至った例も。みらい支店上で必要な説明を参照できるからなのだが、効果はそれだけではなく、スタッフの育成にも及んでいる。

「これまで、新人スタッフのOJTの時間がなかなか確保できませんでした。それが今では、みらい支店にアップしたコンテンツを見ることで、必要な知識をスムーズに習得できるようになりました。こうした効果があることが社内に浸透してきたので、お客様にご提案するパッケージの内容や複雑な残価設定ローンの説明動画をスタッフ自ら作成するようになっています」(山下氏)

長年中古車を乗り継いでいた人が、みらい支店の存在を知って新車購入に踏み切った事例など、従来カバーしきれなかった層へのアプローチもできるようになった。店舗の閉店後や深夜・早朝のアクセスが一定数あり、問い合わせも増加。コストがかさむフルスクラッチではなく、「楽天市場」への出店という形で最適化を図ったのも奏功したようだ。

「今回のご支援は、電通グループ一丸となって取り組みましたので、ECサービスを実現するための選択肢はどのようなものでもご用意することは可能でした。しかし、あくまでも商圏は岡山県であることや業務効率化という目的を考慮した結果、フルスクラッチである必然性は薄いと判断しました。それよりも、一定の集客とセキュリティーが期待でき、高額決済にも対応できるという点から、既存のECモールへの出店をご提案しました」(佐々木氏)

楽天ポイントの還元も、みらい支店の利用者にとって大きなメリットだ。原則100円につき1ポイントが貯まるが、キャンペーンを活用すればポイント2倍やボーナスポイントを得ることも可能だ※3

店頭でみらい支店の商品を購入することになった客には、状況に応じてスマートフォンなどの端末の操作をスタッフがサポートすることで、顧客満足度の向上にもつなげているという。

「お客様の足がディーラーから遠のいている要因の1つに、行ってみないと価格がわからないということもあったようです。その点、みらい支店の表示価格は店頭と同水準の値引きがなされていて、透明性があってアクセスしやすく、しかも楽天ポイントも付くのでお得だと受け止めてくださっています」(山下氏)

※3 キャンペーンは予告なく終了することがあります

変革期を迎えた自動車業界の新たなディーラー像

みらい支店の成果は、「ディーラーに行かないと買えない」がスタンダードだった新車販売のあり方に一石を投じたといえるだろう。

「オフラインとオンラインを融合した顧客体験の提供を掲げる企業はたくさんありますが、それを実現している例は少ないのが実情です。その意味で、みらい支店という取り組みは、本当にすばらしいものだと思います」(佐々木氏)

「みらい支店を実店舗だけにとどまらず、SNSや動画共有プラットフォーム、地場の商業施設など、多様なチャネルとつなげることで、新たなビジネス機会の創出が期待できます。地域貢献を目指して多様な取り組みを進めている岡山ダイハツ販売さんだけに、これまでにないディーラーの姿が生まれるのではないでしょうか」(寺嶋氏)

2022年に2周年を迎えるみらい支店では、ポイントアップキャンペーンや年内をメドに限定の特別仕様車の販売を計画中だそうだ。

100年に一度といわれる大変革期を迎えた自動車業界において、ディーラーはどう進化すべきか。みらい支店が、その解の1つなのではないだろうか。