フォルクスワーゲン「ファン獲得」のSNSマーケ術 勝ちパターン見える化「データクリーンルーム」
課題は「友だち」のブロック率と新規層の獲得
BtoC、BtoBを問わず、企業のマーケティング戦略におけるSNSの重要度は、年々高まっている。ドイツ自動車大手フォルクスワーゲンの日本法人、フォルクスワーゲン ジャパン(以下、VWJ)も、SNSでのファンマーケティングに取り組む。2023年11月現在でLINE公式アカウントの友だち追加数は約242万人、Instagramのフォロワー数は約12.5万人となっている。
「量」だけなら十分な成果に見えるが、「質」もさらに強化していきたいとの声があったという。 VWJのデジタルマーケティング支援を担当する電通デジタル メディアプランナーの遠藤周氏は、次のように説明する。
「例えばLINEだと、LINEスタンプなどのインセンティブを用いた施策の場合、インセンティブを獲得したらすぐブロックしてしまうユーザーが一定数存在します。とくに自動車のような耐久消費財の場合、検討期間が非常に長いため、中長期的なファンを醸成していくことが重要です。ブロック率を下げ、定着率を上げていくことが大きな課題でした」
また、新規層の獲得が頭打ちになってきたことも課題だった。新規開拓をしたくても、広告やキャンペーンを展開するときは、どうしてもVWJや自動車そのものに興味・関心がある層、あるいはそれに近い層へのアプローチが優先されるからだ。
「新たなターゲットを開拓するときは、効果測定をしながら少しずつ試すことも可能ですが、非効率ですしコストもかかってしまいます。費用対効果を高めつつ、新たなファン層を開拓できるマーケティング施策が求められていました」(遠藤氏)
高度な効果検証が可能な「データクリーンルーム」
そうしたVWJの課題を解決するソリューションとして、電通デジタルが提案したのが「データクリーンルーム」だ。同社データサイエンティストの井崎正太郎氏は、その仕組みを次のように説明する。
「データクリーンルームは、プラットフォーム事業者が、使用許諾を取得したデータをセキュアにプライバシーが保全された環境で、活用・分析できるクラウド基盤です。各プラットフォーム事業者が保有するデータだけでなく、ほかのデータを掛け合わせることで、生活者のプライバシーを保護しつつ、従来以上に高度な広告効果検証や広告配信が可能になります」(井崎氏)
LINEやInstagramなどを利用するSNSユーザーのデータを用いて、配信された広告に対する反応や、ユーザーの興味・関心、検索行動といった高精度な情報を分析できる。もちろん、改正個人情報保護法など、個人データ規制の厳格化にもしっかり対応し、個人を特定できる分析は不可能な仕組みとなっている。また、電通および電通デジタルが保有するテレビ視聴データや位置情報データと掛け合わせられるため、幅広い切り口でデータ分析ができる仕組みだ。
「当社は、許諾のないCookieの活用が欧米で制限され始めた2016年から、データクリーンルームの活用に取り組んできました。世界に先駆けて各プラットフォーム事業者とデータクリーンルームの取り組みを進め、これまでに約2000を超える案件数のキャンペーンを分析してきました。これまでの実績とノウハウに基づいた、お客様に合う適切なソリューションをご提供しています」(井崎氏)
マーケットが成長過程のEVでもデータでインサイトを発見
このデータクリーンルームは、 VWJの支援においてどう活用されたのか。
「LINEの場合は、友だち獲得施策の流入経路や広告投資効果などを分析できます。友だちとして長期的に残っているユーザーの傾向をつかみ、適切な打ち手へつなげたことで、ブロック率を継続的に下げることができました。
Instagramでは、広告のクリック率が高いユーザー属性を分析することで、新たなファン層を発掘するマーケティング戦略に役立てています。クリエイティブをいくつかのグループに分けて分析し、ペルソナの精度を高めることで、“勝ちパターン”を見いだすこともできています」(遠藤氏)
また直近では、フォロワー増加を目的とした広告分析だけでなく、購買ユーザーの獲得を目指した車種ごとの広告分析も実施している。車種ごとの広告においても、データを用いた分析が施策の展開に寄与しているという。
「新たな潜在層の発掘という点では、EV(電気自動車)に対する反応の分析が役立ちました。日本国内ではまだEV市場は成長過程にあることもあり、関心層だけをターゲットにするとかなり絞り込まれてしまうのですが、データクリーンルームと電通グループの持つデータを掛け合わせて分析したところ、テクノロジーに対する関心層との相性がよいことがわかったんです。
テクノロジー関心層とEVの親和性というのは感覚的にはマッチしますが、データでの裏付けが得られたことで、より自信を持って取り組むことができるようになりました」(遠藤氏)
これらの示唆に基づいた施策を展開することで、ユーザーと広告のミスマッチを減らし、広告に対する不快感や不信感を低減することが期待できるのもデータクリーンルームの特長だ。実際に、本施策では広告体験の質が向上し、中長期的なファンを醸成しやすくなったという。
中長期的なナーチャリングができる指標も新開発
コロナ禍のように、不確実性が高まることや、社会の進化に伴う価値観の変化によって、興味・関心が変わる可能性もある。そういった側面を踏まえれば、高精度な生活者データの分析基盤であるデータクリーンルームの優位性は、今後さらに高まるだろう。
電通デジタルではすでに、その一歩先を見据えた打ち手を展開している。1つ目は、「TOBIRAS(トビラス)」というシステム基盤だ。
「データクリーンルームは、プラットフォーム事業者ごとに環境やシステムの仕様が異なるという構造的な課題がありました。そこで、複数のデータクリーンルーム環境での分析・運用を一元的に管理するシステム基盤『TOBIRAS』を電通とともに開発しました。コーディングなどのこれまで手動で行っていた操作の多くを自動化したことで、より迅速にマーケティング施策のPDCAを回せるようになりました。今後はダッシュボードにつなげるなど、よりリアルタイムな運用が可能になり、かつグローバルでの基盤使用に対応する方向で開発を進めています」(井崎氏)
2つ目は、TOBIRASにある「ナーチャリングスコア」だ。これまでデジタル広告は短期的な効果測定が中心だったが、データクリーンルームのデータを活用し、中長期的な効果をリアルタイムで評価できる指標として、ナーチャリングスコアの開発にも成功。将来的な購入の可能性を予測した広告予算配分の意思決定に役立てられるようになった。
「とりわけ耐久消費財など、検討期間の長い製品・サービスを展開する企業にとって、将来への投資と足元の売り上げへの投資のバランスは、かなり悩ましい問題です。中長期的なファンを開拓・醸成していくことも非常に重要なので、『ナーチャリングスコア』を含めたデータクリーンルームのソリューションをご活用いただき、将来的な顧客の育成にも取り組んでいただきたいと思います」(遠藤氏)
結果的に、VWJとのSNSマーケティング施策によって「中長期的なファンの獲得に貢献できた手応えを感じた」と両者は語る。VWJとは今後も、このような分析や診断を継続して行い、課題解決に取り組んでいく予定だという。
高度化・複雑化を極めるデジタルマーケティングにおいて、SNSを活用しながら、新たなファンの獲得に貢献する電通デジタル。同社は今後もさらなるマーケティングのノウハウを積み上げ、多様な企業に役立つマーケティングソリューションを展開していくだろう。