トヨタ販売店が「LINE」で解決した接客現場の課題 自動車販売業界の常識覆す「日曜定休」実現へ
電話対応を増やしている車検・点検の入庫予約
「電話対応がとにかく多いのが課題でした。毎日、従業員1人当たり1~2時間は費やしていて、とくに夕方は20~30件かけることも珍しくありませんでした」
自動車販売店における顧客コミュニケーションの課題についてそう説明するのは、トヨタカローラ栃木サービス部サービス担当責任者次長の手塚和明氏。ネックとなっているのは、車検や点検整備のための入庫予約だ。
「お客様によって異なる車検・点検時期に合わせてご案内を行い、ご都合をお聞きして入庫日を決めていきます。車検は実質的におよそ45日ぐらい前からご予約を承るようにしておりますので、入庫日までどうしても時間が空いてしまうため、リマインドのご連絡も欠かせません。しかし、日中はお客様もお仕事などで忙しく、どうしても電話がつながりにくいのが実情です。折り返しをいただいても行き違いが何度も起こったり、営業時間外になってしまってご予約ができなかったりということも多く、お客様にご不便をおかけしていました」(手塚氏)
顧客アンケートでは「仕事が終わった後に法定点検の予約をしたいが電話がつながらない。もっと営業時間を長くしてほしい」という声も多かったという。しかし、働き方改革関連法が施行され、時間外労働に上限が設けられた今、営業時間の延長は難しい。また、スマートフォンの普及でメールやメッセージなどの非同期コミュニケーションが定着し、電話のやり取りを嫌う顧客も増えている。
「結果的に、現場の負担はかなり重くなっていました。『お客様と連絡が取れる時間を重視すると、早く帰りたくても帰れない』という声もしばしば聞こえてきます。そのシワ寄せもあり休みづらい環境になってしまっていて、『家族の時間が持てなくなり離婚してしまった』という従業員が残念ながらおりました。結婚や出産など、ライフステージが変わることで負担の重さを感じるようになり、キャリアを積み重ねてきたのに離職を選ぶ従業員もいます。年に1回実施している従業員満足度調査でも労働時間や休日に関する不満が多く、電話に依存したコミュニケーションは限界に近づいていると感じていました」(手塚氏)
専用アプリではなくLINEを活用した納得理由
顧客と従業員の双方にフラストレーションがたまっている状況だが、これはトヨタカローラ栃木のみに限った話ではない。トヨタ自動車販売店を支援するトヨタ・コニック・アルファの佐久間大輔氏は「多数の販売店にヒアリングをしたところ、入庫予約にまつわる電話応対が共通して重いペインとなっているのが明らかになりました」と話す。
「電話に依存しないコミュニケーションツールが必要だと考えました。当初は専用アプリの開発も検討しましたが、専用アプリは利用定着までに高いハードルがあります。ダウンロードを促すのも簡単ではありませんし、IDやパスワードの管理も必要です。そこまで進んでも、日常的に活用するものではないので通知許可をせず、実際には使われないアプリとなってしまいがちです」(佐久間氏)
利用のハードルを下げ、効率的かつ有益な情報を的確に届けるにはどうしたらいいか。たどり着いたのがLINEの活用だった。トヨタ・コニック・アルファの中坪正晴氏は次のように説明する。
「LINEの月間利用者は9,500万人を超えており※1、日本の人口の約8割※2をカバーしています。そのうち86%以上※3が毎日利用しており、地域差、年代差に関係なく生活に定着しています。自動車販売は、保険会社やローン会社などステークホルダーが多いほか、お客様の行政手続きが煩雑なこともあり、DXに関する課題を抱えている販売店もあります。広く生活に溶け込んだLINEを活用するコミュニケーションツールを開発することで、『LINEを中心としたコミュニケーションプラットフォーム』を構築し、そうした状況を変えるきっかけにしたいとも考えました」(中坪氏)
※1:2023年6月末時点のLINEアプリ月間アクティブユーザー数(LINE調べ)
※2:LINEの国内月間アクティブユーザー 9,500万人÷日本の総人口1億2475万2000人(2023年1月1日現在[確定値] 総務省統計局)
※3:2023年6月末時点のMAUにおけるDAU=Daily Active User(1日に1回以上利用したユーザー)の割合
きめ細かいUX設計で上質な顧客体験を創出
そうして開発されたのが「チャットヨ」だ。システム構築および運用保守まで幅広く支援するパートナーとして参画した電通デジタルの松下太紀氏は、こう説明する。
「トヨタ自動車販売店とお客様が、より深く強いコミュニケーションを取っていただくためのプラットフォームです。もっと気軽につながり、お客様との時間をより大切に使えるように、車検や法定点検のお知らせや予約、リマインドの通知をすべて自動化しています」
注目したいのは、販売店のリソースをしっかりと連動させていることだ。例えば、トヨタカローラ栃木は栃木県内に25店舗(GRGarageを含む)を展開しているが、設備や工具があるスペースや、整備を行うサービスエンジニアの数はそれぞれ違う。「オーバーブッキングが起こらないよう、毎日定時に店舗で管理している予約情報をシステム連携で反映させています。反映タイミングは、お客様の利用や店舗の活動のタイミングを見定めてコントロールをしています」と電通デジタルの繁宮春樹氏は説明する。
「こうしたチャットサービスは一問一答のボット形式が一般的です。しかし、トヨタ自動車販売店がこれまで実施してきたように、複数の希望日を確保できるようにすると、ボット形式ではやり取りが煩雑になるおそれがありました。それでお客様が離脱してしまっては意味がありませんから、ストレスなくスムーズに入力できるようLINE上で動くWebアプリ『LIFFアプリ』も開発し、第3希望まで入庫予約日を申し込みできるようにしました」(繁宮氏)
広告・マーケティング領域の豊かな知見を持つ電通デジタルの強みを生かし、独自のビジュアルがない販売店でもすぐ利用できるよう、メッセージ画像などのテンプレートを用意しているほか、LINEを活用したサービスを多数手がけている経験を生かし、適切なUXを設計しているのも見逃せない。開封率の高い時間帯を絞り込んで案内を発信するなど、生活者に寄り添った設計がなされているのも「チャットヨ」の大きな特徴といえる。
わずか3カ月で1万人超の友だち登録を獲得
顧客と従業員双方にかかっていた負担を取り除く工夫が満載の「チャットヨ」。トヨタカローラ栃木の手塚氏は、存在を知った瞬間「これだ!」と視界が開けるような感覚を味わったと振り返る。
「ディーラーは人がいなければ成り立たない業態です。今後日本全体の労働力人口が減っていくことも踏まえ、弊社は『働く人に選ばれるお店を目指す』を中長期方針に掲げました。具体的には、2024年から繁忙期の2月、3月を除いて毎月2回の日曜日を定休日にすることを決定したのですが、従来の電話コミュニケーションではお客様にご迷惑をおかけすると困っていたのです。そんなときに『チャットヨ』の話を聞き、これなら問題が解決できると思いました」(手塚氏)
22年9月にリリースされてから1年弱で55社から申し込みのあった「チャットヨ」は、84.6%の顧客が営業時間外に予約し、従業員の予約工数は1日当たり約1時間削減している。多様化した生活者のライフスタイルに最適化していることは明らかで、トヨタカローラ栃木でも顧客の反応は良好。「自分から電話しなくても、自動的に通知が来るから助かる」「これまでは折り返しをしてもなかなか担当者がつかまらなかったけど、そんな心配もいらなくなった」「自分の好きなタイミングで予約できるのがいい」といった声が集まっている。トヨタカローラ栃木では、導入からわずか3カ月で1万人超の友だち登録を獲得している。
「すべてのお客様と『チャットヨ』を通じてつながり、いつでも車検や点検のご予約が受け付けられる体制を早く整えたいと思っています。お客様の利便性が向上するのはもちろん、業務の効率化によって従業員の働きやすさを高め、収益力を上げることにもつながると考えるからです」(手塚氏)
そうすることで、自動車販売業界の常識を覆す「日曜定休」を全国に波及させたいと手塚氏。意気込みの背景にあるのは、自動車整備士不足の深刻化だ。
「土日に休めず、長時間労働を余儀なくされている状況を変えることが業界全体の大きな課題です。お客様のカーライフを支え、安全な車社会を維持するためにも、整備士をはじめとする働き手を確保するのは非常に重要だと思います。その活路を切り開くコミュニケーションツールとして、『チャットヨ』には大いに期待しています」(手塚氏)
現在、入庫予約に加え、タイヤ交換時期や保険契約の満期に関するご案内、三井住友海上と連携した防災コンテンツの提供などといったサービス拡充の計画が進んでいる「チャットヨ」。「事業領域の広さと、培ったケイパビリティを生かしたデータ活用をサポートしていく」と電通デジタルの両氏が語るように、今後はCRMなどの顧客データとも連動し、クルマ紹介など1on1の情報提供もしていく予定だ。
販促費の削減だけでなく、パーソナルな顧客体験が創出されることで、「お客様と自動車販売店の『ありがとう』をひとつずつ増やしていく」(トヨタ・コニック・アルファの両氏)ことが期待される。その先に見えるのは、より豊かなカーライフ。提供する自動車販売店も、顧客も笑顔になっていく未来を、「チャットヨ」は照らし出していく。