実践事例から学ぶ「事業ポートフォリオ戦略」 経営戦略から考える事業再編のあり方と課題

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髙橋 秀仁 氏 古田 英範 氏
 事業の選択と集中を求める市場からの圧力もあり、日本の経営者の間でもこれまで以上に事業ポートフォリオ戦略が重要視されている。だが、実際には企業規模縮小への懸念や従業員雇用の問題なども絡み、実践には踏み切れない企業も多い。PwC Japanグループ主催の「Value Creation Forum 2023」では、事業ポートフォリオ戦略を実践してきたレゾナック 代表取締役社長CEOの髙橋秀仁氏と富士通 代表取締役副社長COOの古田英範氏をゲストに迎え、事業再編の背景や進め方、課題などについて議論した。

レゾナックが目指す高付加価値企業への転換

PwCアドバイザリー 名倉 英雄 氏、レゾナック・ホールディングス 髙橋 秀仁 氏
「世界で戦える共創型化学会社への変革へ―選択と集中による事業ポートフォリオ戦略―」と題し、レゾナック 代表取締役社長CEOの髙橋秀仁氏をゲストに迎えた。ファシリテーターはPwCアドバイザリー合同会社 パートナーの名倉英雄氏が務めた

昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧・日立化成)が統合し、2023年1月にレゾナックとして再出発した。代表取締役社長CEOに就いた髙橋氏は「コングロマリットディスカウントをできるだけなくして企業価値を最大化することを強く意識し、日本が強みを持つスペシャリティケミカル(機能性化学品)分野で世界トップクラスのメーカーを目指したい」と語る。

髙橋 秀仁 氏
髙橋 秀仁 氏
レゾナック・ホールディングス
代表取締役社長 社長執行役員
最高経営責任者

髙橋氏は、銀行から外資系日本法人などを経て2015年に昭和電工に入社。戦略企画・経営企画担当の役員として日立化成の買収などに携わってきた。

髙橋氏が入社した15年当時の昭和電工は、他の国内化学メーカーと比較して営業利益率が低く、収益変動が大きいハイリスク・ローリターンの構造だった。事業セグメントごとの利益率は、エレクトロニクスなどの半導体・電子材料事業、モビリティ事業が高く、基礎化学品や石油化学品など汎用品ケミカル事業は低かった。そこで同社は、利益率の高いエレクトロニクスなどをコア成長事業として伸ばし、ケミカル事業は安定収益事業として利益率改善を図っていくという基本戦略を導き出し、経営資源配分と事業ポートフォリオの見直しを図ってきた。

まず利益率の低いケミカル事業については、17年にドイツのSGLカーボンから黒鉛電極事業を買収。SGLと昭和電工の同事業を合わせて事業規模を拡大し、収益性を向上させた。これは市場の反転もあってバランスシートの大幅改善に寄与した。

19年には、成長事業を伸ばすため日立化成の買収に踏み切った。その理由は、素材の分子設計が得意な昭和電工と、その素材を配合して機能を設計することに長けた日立化成という両社の異なる強みを生かしてシナジーを創出することにあった。好不況のサイクルが大きいものの、中長期トレンドは上向きの半導体関連のエレクトロニクス事業へ投資し、高機能・高付加価値型の機能性化学品分野の強化を目指した。髙橋氏は「両社の統合により、互いの手の内を明かして研究開発の話ができるようになったことでシナジーが進む」と期待する。

約2年でノンコア9事業を売却し、負債を軽減

一方で、ノンコア(非中核)事業の売却も加速させてきた。日立化成の買収により、売り上げが1兆4,000億円規模となったことで、規模縮小を気にせず、利益率改善を追求できる環境が整ったことが背景にある。また、日立化成買収に際して借り入れが膨らんだことから、2021年から2年余で計9事業(発表段階を含む)というハイペースで事業売却を進め、負債を減らした。

事業の売却は、①経営戦略との適合性、②採算性と資本効率、③自社がベストオーナーかの判断という3つの観点で評価して決めているという。

昭和電工がかつて売却したアルミ缶事業を例に挙げると、①の評価基準に照らすと、加工業であるため、素材と材料の化学メーカーである同社のコア事業から遠く、戦略適合性が低い。②の採算性もあまり高くはなく、グループ全体の目標利益率(25年にEBITDAパーセンテージ20%)に届いていなかった。

そして③は、当時はベトナムのアルミ缶事業が成長していたため新たな投資が必要だったが、十分な投資ができなかった。アルミ缶事業を成長させるには、より資本力がある専業メーカーがオーナーになることが望ましいと考えられた。

これら3つの点からプライベート・エクイティ(PE)ファンドへの売却を決めたという。その後、このファンドは別の会社のアルミ缶事業も買収するロールアップ(追加の企業買収)戦略により、販売先との価格交渉力を強化して成長基盤を築いている。

「当社ではできなかった大型投資で、事業の拡大強化が成し遂げられ、アルミ缶事業の社員らにとってもよい結果になった」と髙橋氏は振り返る。

レゾナックはガバナンスの面においても、「経営会議の延長のようなところがあった」という取締役会の改革に着手したという。業務執行は執行役員、経営の監督は取締役という区別を明確にすべく改革に取り組んでいるといい、髙橋氏は「今後は経営戦略やポートフォリオについて議論していく取締役会にしたい。そのための知見を備えた社外取締役を加えてレベルアップを図りたい」と話した。

ポイントは戦略を実行できる人材育成

髙橋氏は、化学メーカーの経営戦略について「戦略自体はコモディティー化して誰が策定しても同じようなものになるのではないか。つまり差別化の源泉は、戦略そのものではなく、『戦略を実行する人』にある。実行するには、経営陣の戦略へのコミットメントと、その経営をサポートして戦略をやりきれる人材の育成こそが大切だ」と指摘する。

名倉 英雄 氏
名倉 英雄 氏
PwCアドバイザリー合同会社
パートナー
PwC Japanグループ
プライベート・エクイティ セクター
共同リーダー

そこで同社は人事部門の業務を人材管理から人材育成にシフトさせた。個々人のポテンシャルを引き出すため、リーダーシップトレーニングやタレントマネジメント、上司とのワン・オン・ワン・ミーティングなどを実施。フィードバックによる自律的なキャリア形成の促進、共創型コラボレーション研修や360度評価など、多彩なHR施策を展開する。

最近、注目されている人的資本経営のポイントは、経営・ポートフォリオ戦略と一致した人材戦略にある。同社が強化を目指すスペシャリティケミカル事業の人材には、顧客の要望と、社内の開発とをすり合わせる共創力が求められる。レゾナックの社名も、英語の「レゾネイト」(共鳴する)と「ケミストリー」(化学)の頭文字“C”を組み合わせた造語だ。同社のパーパスである「化学の力で社会を変える」を実現するには、多様なステークホルダーとの「共創」がカギになるとの思いが社名には込められているといい、髙橋氏は「自律的で共創型の人材の育成に力を注いでいきたい」と未来を見据える。

市場ではPBR(株価純資産倍率)1倍割れ問題が注目され、日系化学メーカーにとっても資本収益性や成長性の向上が大きな経営課題になっている。髙橋氏は、日本の化学メーカーはグローバル化学メーカーに比べて規模が小さく、とくに汎用品ケミカル分野は中小メーカーが多いことから「日本の化学業界は変革だけでなく、再編も迫られるのではないか」と指摘し、日本がグローバルで優位性を保つスペシャリティケミカル品の分野で競争力の高いメーカーをつくるための「合従連衡」の可能性にも言及した。

2030年の世界を見据えた富士通の挑戦

PwCコンサルティング 大竹 伸明 氏、富士通 古田 英範 氏
富士通 代表取締役副社長COOの古田英範氏をゲストに迎えたセッション「パーパス経営を実現するためのビジネスモデル変革」。こちらは、PwCコンサルティング合同会社 代表執行役 CEOの大竹伸明氏がファシリテーターを務めた

事業環境や顧客の変化に対応し、投資家をはじめとするステークホルダーの期待に応えながら事業ポートフォリオを入れ替えてきたのが富士通だ。

富士通の事業ポートフォリオは、ボラティリティー(変動性)の高い電子デバイス事業などを早めに切り離す一方で、ソフトウェア、サービス関連の事業を拡大してきた。2000年度の売り上げ構成は電子デバイス事業が16%、ソフトウェア・サービス事業が37%だったが、23年度予想では、デバイスソリューション事業が10%、サービスソリューション事業が55%となっている。そして売り上げは3兆7,000億円(22年度)に達し、名実ともに国内ITサービス分野でトップクラスの企業といえる。

古田 英範 氏
古田 英範 氏
富士通
代表取締役副社長
COO

しかし、IT業界の経営環境の変化は目まぐるしく、この分野をリードする立場であっても気は抜けない。富士通代表取締役副社長COOの古田氏は今後の方向性について「30年の世界を想定したグループパーパスの実現に焦点を当て、未来の姿からバックキャストしながら変革の取り組みを進めていく」と語る。

富士通は20年に「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」とのパーパスを定めた。古田氏は「30年に向けて、われわれが持つテクノロジーは大きな役割を果たせると考えている。すべての活動をパーパス実現のために行っていく」と言い切る。

まず、従業員の行動の拠り所、顧客や世界への約束としてグループで共有する「Fujitsu Way」(富士通ウェイ)をパーパス中心に刷新し、「挑戦」「信頼」「共感」という3つの価値観や、行動規範なども定めた。富士通が社会に貢献していく領域、マテリアリティー(重要課題)としては、「地球環境問題の解決」「デジタル社会の発展」「人々のウェルビーイング向上」の3分野を特定。古田氏は「課題を解決するためのテクノロジーのオファリング(価値提供)を創出していく」と先を見据える。

こうしたパーパス経営の実現には、企業自らの変革も不可欠だ。お客様に対する価値創造の変革については、グローバルビジネス戦略を再構築して、クラウドサービスソリューションのグローバルブランド「Fujitsu Uvance」(富士通ユーバンス)を展開する。また、組織の自己変革については、データドリブン経営を強化するため、経営、業務プロセス、データ、ITをグローバルに標準化して、共通のシステムに統合。最新データの高度利用、意思決定の最適化を目指すプロジェクト「One Fujitsu」(ワン富士通)プログラムを断行してきた。

さらに組織風土改革にも着手。約12万人の社員全員参加型の活動として社員から変革のアイデアを募る全社プロジェクト「FUJITRA」(フジトラ)を推進。その中のアイデアの1つ、「サンクスプロジェクト」では、社員同士が感謝を伝え合う社内文化を醸成するため、アプリケーション上でサンクスポイントを贈り合う取り組みを続けている。

「FUJITRAのような社内文化醸成の取り組みを進めるにあたっては、積極的ではない従業員がいるのも事実。だが、強いリーダーシップを発揮して組織文化変革を訴え続けていきたい。一例だが、すでにサンクスプロジェクトでは月に5万件以上が行き交うようになり、利用率が高い組織では従業員エンゲージメントとの相関も見られている。今後は業績にも好影響を及ぼすことを期待している」(古田氏)

古田氏が「怒濤のように進めてきた」と振り返る多彩な取り組みの結果は収益性向上にも表れており、22年度には過去最高益を達成したという。

商品数を半数に絞り込んだポートフォリオ戦略

30年に向けた中間点と位置づける今年度から3カ年にわたる中期経営計画では、事業モデル・ポートフォリオ戦略とともに、テクノロジー、カスタマーサクセス・地域、リソースの各戦略を推進する。

大竹 伸明 氏
大竹 伸明 氏
PwCコンサルティング合同会社
代表執行役 CEO
パートナー
PwCアジアパシフィックコンサルティングリーダー

中核となるポートフォリオ戦略では今回、事業セグメントの分け方を見直した。22年度までは、ソフトとハードの両事業を合わせてテクノロジーソリューションのセグメントにしていたが、23年度からは、これをサービスソリューションとハードウェアソリューションに分割した。これにより、システムインテグレーションと同時販売していたハードウェアや、ハードウェアの保守といった事業を、成長ドライバーであるサービスソリューション事業から明確に分離させ、ステークホルダーにわかりやすいセグメントの分類を実現した。

サービスソリューションは、グローバルとリージョンズ(地域市場向け)のサブセグメントで構成。25年度までにサービスソリューション全体で売り上げを20%伸ばし、調整後利益率を約2倍にする高い目標を掲げる。これを牽引するのはグローバルのソリューション、Fujitsu Uvanceを中心とした収益性の高いデジタル・クラウドサービスの拡大であり、経営資源を集中的に投入していく方針だ。

事業拡大の施策としては、「コンサルティングの拡充」「戦略的なアライアンス」「先端テクノロジーの強化」「サービス提供人材の育成」の4点に注力するという。これらを通じてデジタル・クラウドサービスを拡大する一方、従来のオンプレミスサービスもまた安定的な収益が見込まれる事業と位置づけた。「デリバリーの標準化による生産性の向上」「クラウドシフトにつながるモダナイゼーションの拡大」そして「品質安定化やセキュリティの強化」に継続して取り組んでいく。

事業ポートフォリオについては、事業のセグメント分類の見直しと併せて、複数部門での重複事業の解消を進めている。商品ポートフォリオは、22年度初めに国内で約2,000あった商品数を、同年度末までの1年間で約半数の1,000点に絞り込んだ。

23年4月には、事業ポートフォリオおよび商品ポートフォリオの選択と集中、再編を担当する役員、チーフ・ポートフォリオ・オフィサー(CPO)を新設。チーフ・テクノロジー・オフィサー(CTO)を兼務するヴィヴェック・マハジャンCPOが、経営戦略と整合性のある商品の企画開発、統廃合を進め、グローバル視点でグループを俯瞰した経営資源配分の最適化を進めている。

古田氏は「自らも変革を進めることで得た経験を実践知として、皆さんへのサービスソリューション提供に役立てたい」と語り、自社の変革のノウハウを顧客企業と広く共有したい考えを示した。