雑踏事故が露わにした韓国社会の「イカゲーム化」 責任逃れしようとする政府と始まった犯人捜し

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事故が社会に与える影響の深刻さを逆説的に伝える表現だった。自制心を失い陣営間に分かれ感情的な対立が起こる場合、社会秩序が崩れる恐れすらあったと私は見ている。

しかし、市民は冷静を保った。一方で追悼を優先する雰囲気に大統領も便乗する。

30日午前、尹錫悦大統領は国民向けの談話の中で「事態の収拾が付くまで国家哀悼期間とする」旨を明かした。期間中は派手なイベントを自粛することが求められる。百貨店や遊園地はハロウィンに向けて準備していたイベントをすべて取りやめ、売り物も撤去した。国が哀悼を指示していた。

だが、韓国市民は事故直後から、積極的に「なぜ」と問い続けた。

密閉空間でもない場所で、たくさんの犠牲者が出た理由を知りたがった。背景には、政府への不信がある。生者を乗せたまま沈みゆく船を全国民が見守るしかなかった8年前のセウォル号沈没事故を引き合いに出すまでもなく、忘れた頃にやってくる大型人災の陰には、必ず政府の予防や対応のまずさが存在してきたからだ。

そして、今回も同じだった。

事故当時、現場の路地一帯ではたくさんの人出にもかかわらず人流を整理する警官や公務員がほぼ見当たらなかったことが早々に明らかになった。さらに事故当日の昼間からは、人出の多さに危険を感じた現場周辺で商売を営む人物たちやユーチューバーなどが警察に通報し介入を要求したのにもかかわらず、黙殺されていたこともわかった。

行政の不備を指摘する声が出てきた

こうした内容が伝わるや、世論は哀悼ムードを維持しつつも行政の不備、つまり警察や公務員の対応が不足していた点を指摘する方向へと一斉に向かった。

印象的だったのはニュース専門チャンネルのYTNだ。31日の放送でアンカーは「国民は皆、警備の手薄さに憤っている」と発言した。事故の責任がどこにあるのかを示すもので、速報とファクト中心の報道を心がける同局としては、かなり踏み込んだ発言だった。

他局も同様で、続々と行政の不備に関するニュースを流している。

地上波主要局の1つSBSは、31日のメインニュースで、当日のソウルにはデモなどの対応で機動隊約4800人が投入されたが、13万人の人出が見込まれた梨泰院には「配備ゼロ」だったこと報道。また、1日には警察が事故の直前にあった市民の通報を「緊急度高」と分類したにもかかわらず、出動しなかった事実を伝えた。

このように「明らかな人災である」という世論が広まる傍らで政府は、「誰が実際に事故を引き起こしたのか」という点を明らかにしようと、周辺の監視カメラの映像や目撃証言を集め捜査を進めている。

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