「勝手にシンドバッド」が強烈な印象を残した必然 「砂まじりの茅ヶ崎」からの歌詞が歴史を動かした

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「江ノ島が見えてきた」は、この、一見珍奇な曲に大衆性を与えている。江ノ島という(「茅ヶ崎」よりも有名な)誰もが知る観光地・景勝地の風景を差し込むことによって、大衆の心をがっちりと掴む働きをしている。

シチュエーションは土曜深夜の国道134号線、茅ヶ崎の実家に向けて、鎌倉方面から江ノ島方面に車を走らせているところ。桑田佳祐監督映画『稲村ジェーン』(90年)の舞台となった稲村ヶ崎あたりからは、江ノ島が小さいながらもはっきりと視認できる。

テレビ用の短い時間の中でも欠かせないフレーズだった

歌詞の面で大衆を掴んだのが「江ノ島が見えてきた」であれば、楽曲《勝手にシンドバッド》が大衆を掴んだのは、78年8月31日の夜。TBS『ザ・ベストテン』の「今週のスポットライト」という、今後有望な曲を紹介するコーナーだ。ライブハウス・新宿ロフトからの生中継で、サザンオールスターズの6人が、《勝手にシンドバッド》を猛烈な熱量で演奏した。

その演奏において、「江ノ島が見えてきた」というフレーズは、レコードよりも早いタイミングであらわれる。本来なら2番の途中に置かれているのだが、このときは、1番の「♪ちょいと瞳の中に消えたほどに」の後に直結させられていた。2コーラスを歌う余裕のないテレビ用の短い時間の中でも、この必殺フレーズは欠かせないという判断があったのだろう。

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また、細かい話となるが、「♪江ノ島が見えてきた」の部分のみ、メロディが1番と異なっている。「♪見えーてきたー」が「♪ラシーラソファー」(キーはEm)と音程高く推移して強調される。「♪見えーて」の「♪えー」がナインス(9th)の音となっていて、寂寥感たっぷりに響き渡る。

このときの《勝手にシンドバッド》は、その後、途方もなく繰り返されるこの曲の演奏の中でも、最高にして唯一のものだろう。そして、この中継を契機に《勝手にシンドバッド》がぐんぐんとチャートを駆け上がってくる。

78年8月31日夜。演奏が終わった瞬間、日本ロックが一段上の地平に跳ね上がった。見えてきたものは江ノ島と、新しい日本ロックのありようだ。

スージー鈴木 評論家

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すーじー すずき / Suzie Suzuki

音楽評論家・野球評論家。歌謡曲からテレビドラマ、映画や野球など数多くのコンテンツをカバーする。著書に『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト・プレス)、『1979年の歌謡曲』『【F】を3本の弦で弾くギター超カンタン奏法』(ともに彩流社)。連載は『週刊ベースボール』「水道橋博士のメルマ旬報」「Re:minder」、東京スポーツなど。

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