韓国で年内の開催が予定されていた日中韓サミット(首脳会議)の日程が決まらず流会する可能性が出てきた。日韓の調整が難航しているためだ。
2008年から3カ国持ち回りで開催されてきた同会議は、東アジアの主要3カ国の首脳が顔を突き合わせる貴重な機会だ。ところが元徴用工問題など日韓の懸案事項の解決が見えない中、菅義偉首相と韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が会談をする状況ではないとの声が政府・与党から出ているのだ。
とくに元徴用工問題では、「国際法違反であり深刻な事態を招く」とする日本と、「三権分立で司法判断は尊重すべき」との韓国の立場がかみ合わないまま。かみ合わないからこそ話をすべきだと思うが、政府与党にはそんな考えはないらしい。日本は、昨年8月に輸出規制管理を強化し、半導体製品の韓国への輸出手続きを煩雑化させた。結局、韓国は国産化を進め、日本企業の業績に悪影響をもたらした以外になんら変化はない。
もちろん「日本には何をしてもいい」といわんばかりの韓国の対日姿勢は異常であり、常軌を逸しているときもある。だからといって、日本側に実害が生じるほどの喫緊の問題を首脳同士で話し合わないというのは、あまりにも思慮を欠くのではないか。
清沢洌(きよさわ きよし)の時代描写
そんな政府与党の動きを見ていると、戦前・戦中のジャーナリストである清沢洌(1890〜1945年)の著書『暗黒日記』の一節が浮かんできた。
「昭和18年2月10日 奥村情報局次長は、日本の対外宣伝が非常に旨くいっていると言う。この人々は対手の心理を知らぬ自己満足が、すなわち対手の満足だと考えている。彼らは永遠に覚ることはあるまい」
奥村(喜和男)とは東条英機内閣の内閣情報局次長として、戦時体制下の言論統制や世論扇動を指導した人物だ。「対手の心理を知らぬ自己満足」で政治と軍部、国民を動かしたが、その2年半後、日本はどうなったか。
この記事は会員限定です
残り 741文字
