パナソニック副社長を経験し、新興ベンチャーだったテスラとの協業を後押ししたのが山田喜彦氏だ。2017年にはテスラに移り、電池工場の立ち上げを指揮した。両社をよく知る男が、テスラのすごみと電池産業の行方を語る。
パナソニックがテスラへ出資した2010年当時、テスラが成功するとは誰も思っていなかった。それでもパナがテスラと組んだのは、これから成長していく可能性があるテスラと組む外的刺激によって、パナソニックを再成長させようと考えたからだ。
実際、ギガファクトリーは稼働後2年で軌道に乗った。途中、「モデル3」の量産に苦しむ事態も起こったが、テスラのEVの販売台数は37万台弱(19年)まで拡大した。イーロン(・マスクCEO)が06年に掲げたテスラの事業計画「マスタープラン」は、ほぼ実現している。
テスラのすごさは、会社の使命が明確で、社員が一丸となって目標に向かっている点だ。テスラで働いた2年弱は、本当に面白く、退屈しなかった。経営者として学ぶべきことがたくさんあった。変革は、まさにこういう場所から起こると感じた。ただし社員はすさまじい集中力で猛烈に働くから、この状態をキープして何年も働ける人は少ない。
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