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ビジネス #三菱 150年目の名門財閥

三菱 150年目の名門財閥 その「潜在力」と「山積する課題」

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週刊東洋経済 2020年3/21号
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1870年の創業から今年で150周年を迎える名門財閥、三菱。明治以降の新興財閥は安田、古河、浅野など数多くあったが、三菱の存在感は他を圧倒している。江戸時代から連綿と事業を展開していたライバル、三井、住友と比べても、その実力は一頭地を抜いている。

主要27社の社長、会長からなる「三菱金曜会」を、1つの「大三菱会社」として見立てた場合、その経済規模はどのくらいになるだろうか。

例えば売上高。銀行、生損保、商社、不動産、総合電機、産業機械、化学といった主要産業にグループ傘下の企業を擁する結果、大三菱の連結売上高(金融は経常収益)は69.3兆円となる。「大三井」の42.3兆円、「大住友」の36.9兆円を上回る。また連結従業員数は87万884人、連結子会社数(非上場は除く)は4521社に上る。

さらにバランスシートを算出すると、現預金が80.8兆円、土地・建物が19.9兆円、利益剰余金が27.5兆円となる。資産、負債・純資産計は432.9兆円で、国の670.5兆円と比べると三菱の資産規模の大きさがわかる。

株式時価総額も32.4兆円と三井、住友はもちろん、国内1位のトヨタ自動車を超える。三菱UFJフィナンシャル・グループ(FG)や三菱商事、東京海上ホールディングス(HD)、三菱電機、三菱地所は時価総額ランキングで50位以内に入るなど、上場企業の中でも有数の時価総額の企業を持つ。

75年が大きな節目

土佐藩の下級武士出身の岩崎彌太郎が創業した三菱は海運を祖業として業態を広げていく。彌太郎は早く亡くなったが、その後も岩崎家が社長として明治、大正、昭和(第2次世界大戦終戦直後まで)の経営を担った。

中でも1916年に社長になった4代目の小彌太は、約30年その任を務め、商社や航空機、電機や自動車など多数の事業に参入。また各部門をまとめる心得として「三綱領」を定めた。「所期奉公」「処事光明」「立業貿易」の3つからなり、三菱を支えるアイデンティティーの基礎をつくった。三綱領は英文にも訳されており、海外の従業員を含めて今もグループ全体で共有されている。

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