札幌の夏の風物詩「パシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)」が、今年で30回目を迎える。米国が生んだ20世紀を代表する指揮者・作曲家のレナード・バーンスタイン(1918〜90年)によって創設されたPMFには、これまで76カ国・地域から延べ3500人以上の若手音楽家が参加。世界有数の「国際教育音楽祭」として広くその名を知られるイベントだ。
昨年はバーンスタイン生誕100年のメモリアルイヤーであったことから、音楽祭はバーンスタイン一色に染め上げられ、芸術監督のワレリー・ゲルギエフなど、バーンスタインゆかりの音楽家たちが彼の遺(のこ)した作品の数々を披露した。
この音楽祭の中心を成す存在が「PMFオーケストラ」だ。オーディションで選ばれた若き音楽家たちによって構成される一期一会のオーケストラは、まさにプロの音楽家を目指す若者たちにとっての“夢の懸け橋”といえる。このオーケストラを経て世界に羽ばたいた音楽家たちは枚挙にいとまがない。
このアジア随一のユースオーケストラを指導するのが、ウィーン・フィルやベルリン・フィルのメンバーなど世界を代表する音楽家たちを教授陣に迎えた「PMFアカデミー」だ。その礎となった90年の第1回PMFでは晩年のバーンスタインが指導した。その映像はDVD『バーンスタイン 与えるよろこび The Last Date in Sapporo 1990』に残されている。体調が思わしくない中、最後の力を振り絞るように若者たちを指導するバーンスタインの姿は、そこに集まった100人余りの若者たちにどれだけ多くの勇気と希望を与えたことだろう。バーンスタインはPMFが無事にスタートしたことを見届け、4カ月後にこの世を去ってしまうのだ。
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