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外国人経営者が日本を見放す 検証ゴーンショック

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20年前、倒産寸前だった日産自動車は仏ルノーに救われた。今や両社の立場は逆転し、業績不振のルノーは日産からの配当で何とか黒字を維持している状況だ。今回のカルロス・ゴーン氏逮捕は、ルノーのくびきから解き放たれたい日産が、ルノー・日産・三菱自動車のアライアンスの象徴であるゴーン氏を切り捨てたようにも見える。都合のいいときだけ「カリスマ」と持ち上げ、邪魔になったら「犯罪者」では、この国で働きたいと思う外国人経営者はいなくなるかもしれない。

ゴーン氏を受け入れた日産の社員たち

「ゴーン! ゴーン!」

1999年7月29日、第70回都市対抗野球大会の2回戦。日産と東芝府中の試合が行われていた東京ドームに、最高執行責任者(COO)に就任したばかりのゴーン氏が姿を現すと、スタンドから「ゴーンコール」が湧き起こった。試合は6対3で日産が逆転勝ち。人生の大半をブラジルとフランスで過ごしたゴーン氏は野球のルールを知らなかったが、「必勝」と書かれた赤いうちわを振りながら、一糸乱れぬ応援を繰り広げる日産社員の姿に感動した。

1999年の都市対抗野球大会で社員の歓声に応えたゴーン氏

実はこのとき「コストカッター」と呼ばれたゴーン氏は、選手の数が多くカネのかかる野球部を廃部にしようと考えていた。野球部の部長に「潰す前に、一度でいいから試合を見てくれ」と懇願され、仕方なしに東京ドームに立ち寄った。ところが「ゴーンコール」で応援団の壇上に引っ張り出されたゴーン氏は「みなさんの応援する姿に感動しました」と日本語で語って大喝采を受け、潰すに潰せなくなってしまった。結局、日産野球部はリーマンショック直後の2009年まで生き延びた。あのとき、日産の社員たちはゴーン氏を受け入れていた。

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