大規模な国債購入を柱とした日本銀行の量的・質的金融緩和政策(QQE)。異例の大規模緩和を副総裁として黒田東彦総裁とともに行ったのが中曽宏氏だ。今年3月に日銀を退任した同氏に話を聞いた。
──日銀時代を振り返ると、危機の連続でした。
日銀に40年近く在籍したが、日本の金融危機、リーマンショックと二度の金融危機に現場で対処した。2006年の量的緩和政策からの出口では、金融市場局長として日銀のバランスシート縮小と政策金利引き上げのオペレーションを担った。職歴の最後の5年間に当たる副総裁の時代は、日銀時代の集大成に当たるといえる。
──副総裁時代のQQEには批判も多い。
いろいろやってみて、わかってきたことがある。やってみては課題に直面し、その課題を克服するために新たな手だてを講じながら枠組みが進化してきたのだと思う。
──当初目標の2年でインフレ目標を達成していれば、どこからも文句を言われなかった。
時間がかかっているのは、それだけ日本経済の抱える問題が根深いということではないか。その点で、潜在成長率の引き上げなど成長戦略が重要だという認識は、かなり強く持つようになった。
──問題の根深さを当初から予想することはできなかったですか。
いろいろわからないことはあったと思う。FRB(米国連邦準備制度理事会)や、ECB(欧州中央銀行)も同様に、枠組みの修正を積み重ねながらやってきた。
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