「株主重視」と声高に叫ばれるようになって久しい。論理的には、それが「社員軽視」と連動する必然性はない。しかしながら日本では「株主重視」と「社員軽視」が表裏一体で進行する傾向が目立つ。社員の側に発想の転換が求められている。
「社員軽視」の象徴が、業績悪化時の給与やボーナスのカットである。企業が社員のものと認識されていた時代には、俸給カットは美談で済んだ。社員が俸給カットを甘受すれば、未来に向けて投資する原資を確保できる。ロジックとしては、現在の俸給と未来の俸給を社員がてんびんにかけたことになる。未来の業績向上から社員が恩恵に浴するかぎり、これはこれでバランスが取れていた。
ところが、企業が株主のものとなると、急に話がおかしくなる。売り上げから経費を差し引いた残余利益は、現在のものであれ未来のものであれ、株主に帰属するからである。社員が受け取る俸給は、業績とは無関係に人材市場の相場で決まるもので、この図式の中では経費の一部に該当する。
この解釈を是認するなら、業績悪化時の責任は道義的には経営者、そして経済的には経営者を選任した株主が負うべきなのである。たとえ一部でも責任を社員に押し付けるのは筋違いも甚だしい。それが株式会社の建前にほかならない。逆に言うと、残余利益しか受け取れないから、「株主重視」が叫ばれるのである。
もちろん、社員の主体的な献身が業績を牽引する面があることは否定できない。そうした献身を引き出すべく、米国企業は社員にインセンティブを供与する。これは生計給に対する純然たる上乗せで、ローンの返済計画に組み込まれた日本のボーナスと同列に論じることはできない。日本の俸給カットが論外なのは、相場以下に生計給を減らすペナルティになっているからなのである。
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