構造改革の最も熱心な支持者だった1990年代から、新自由主義への猛烈な批判者に──。経済学の理念と現実との乖離に苦悩した平成期を、著名エコノミストが回顧する。
平成という時代は、バブルに始まり、バブルに終わろうとしている。それは、世界史的に見ても特異な時代と言える。
初めのバブルがはじけた90年代初頭、私は歴史的、大局的な視点を持ち合わせぬまま構造改革を熱心に説く、米国かぶれの経済学者だった。冷戦が終わり、自由主義が正しかったという楽観が世間に漂っていた。日本の多くのエコノミストも時代の空気からは逃れられなかったように思う。
振り返れば「構造改革」は、米国のお仕着せだった。経済が弱っていた米国は当時、保護主義的で閉鎖的な日本のシステムを敵視していた。これをこじ開けさせ、資本が自由に移動できる体制にさせるうえで米国が求めたのが構造改革だった。日本の政治家も、米国がそこまで言うのなら仕方ない、とは思ってはいた。しかし「米国から言われたからやる」では具合がよくない。そこで有識者を政府に入れて、「改革しなきゃ」と言わせた。私は、浅はかにもその路線に乗っかり、「構造改革をやろう、やろう」と喧伝した。
この記事は有料会員限定です
残り 537文字
