2016年3月にミャンマーで誕生したアウンサンスーチー(以下、スーチー)政権は、政権の安定という点では極めて盤石である。65年ぶりの自由で公平な選挙によって、彼女が議長を務める国民民主連盟(NLD)が連邦議会の過半数を獲得した。また、NLDは軍事政権による弾圧の中を生き延びた政党で、党内はスーチーを頂点に統合されている。さらに、憲法上の規定で大統領になれない彼女に、国家顧問という新ポストをつくって実質的に大統領を越える権限を与えた。
ところが、強いはずのリーダーシップが、国民が期待した改革につながっていないのが現状だ。スーチーの指導スタイルが、大胆な決断よりも、リスク回避を優先する傾向にあることが一つの理由だろう。政権幹部たちは、つねにスーチーの判断を仰ぐことになり、意思決定に時間がかかっている。前政権であるテインセイン政権時代の矢継ぎ早の改革に比べると見劣りがする。アジア最後のフロンティアといわれ、その経済的潜在力が注目を集めてきた同国だが、新政権に目新しい経済政策はないままだ。政権の方向性をそろそろ打ち出したい。
そうした中、経済の足を引っ張る事件が17年8月末に起きた。同国のラカイン州北部でのアラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)によるミャンマー国軍の基地襲撃事件である。襲撃を受けた国軍の掃討作戦などにより、同地域からロヒンギャと呼ばれるムスリムが難民として大量にバングラデシュに流出し、その数は60万人を超えた。
この記事は有料会員限定です
残り 614文字
