にわかに混沌としてきた総選挙。同じくわからないのは、次の日本銀行総裁に誰が選ばれるかだ。
「ブルームバーグ」のエコノミストアンケート(8月下旬実施)によれば、100点中68点を獲得した黒田東彦総裁が一番人気だ。エコノミストの世界にも「忖度(そん たく)」が浸透しているのか、はたまた「誰がやっても同じ」という諦観なのか。
総裁の胸の内はどうなのだろう。8月、米国ジャクソンホールで開かれた中央銀行会合。「出口」に向けて舵を切ったFRB(米国連邦準備制度理事会)、ECB(欧州中央銀行)の両首脳に挟まれ、出口のデの字も見えない総裁は、しかし、満面の笑みだった。
その10日前、終戦記念日にNHKが「戦慄(せんりつ)の記録 インパール」を放映した。作戦を指揮した牟田口廉也中将は、日中戦争の発火点、盧溝橋事件の戦闘命令を発した張本人である。
「私が大東亜戦争を始めた。戦争に結末をつけるのが私の責任だ」が口癖だったという。戦局を一気に転換しようと発動したのがインパール作戦だった。
市場が窒息する
総裁にすれば勝手な比較は迷惑千万だろう。が、一連の「異次元緩和」の背景に感じるのは、「自分が片をつける」という、総裁の強烈な責任意識である。
日本の「失われた20年」は日銀と財務省のダブルの過失によってもたらされた。1980年代後半、薪(たきぎ)は乾き切っていたのに、日銀は超低金利政策を続けてバブルに火をつけ、バブルが破裂すると、急激に金利を引き上げ傷口を広げた。
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