鳴り物入りで昨年就任したミャンマーのアウンサン・スーチー国家顧問だが、「停電が増えた」「ビル建設が止まったまま」「貿易の手続きが面倒になった」など、ミャンマー国内では失望が広がり、不満は高まっている。
ミャンマーで商売をしている人々から「経済がよくなる政策を打ち出してくれないと困る。こんなことなら前政権のほうがよほどマシだったよ」といった声を聞くようになって久しい。
経済だけでも大変な状況なのに、ここに来て民族問題も浮上してきた。西部ラカイン州で、治安当局の攻撃により、少数派のイスラム教徒であるロヒンギャが多数殺害され、難民となってバングラデシュに逃れていると報じられている。
確かにそれだけを聞けばミャンマーとは何と酷い国かと思うのも人情、国際社会から現政権が非難されるのもわからなくはない。ただ「ロヒンギャ問題とは」との問いに正確に答えてくれる人は少なく、国際社会もこの問題の歴史的背景、両国事情などを理解していないのではと危惧してしまう。
人口過密なバングラ
今回の事の詳細は現地でもわからないとの話もあるが、なぜ彼らがミャンマーにもバングラにも受け入れられないのかを、筆者の体験から考えてみたい。
少し前になるが、バングラ第3の都市、コックスバザールで、少数派である仏教徒の苦境を目の当たりにしたことがある。バングラは自然災害が多く、洪水などによりつねに国内難民が発生している。難民となったイスラム教徒は仏教寺院の世話になっていたが、その敷地に次々と仮小屋を建てて住み始めて、気がついたときには寺院の庭は奪われ、パゴダは落書きだらけとなり、仏教徒の尊厳は大いに傷つけられていた。
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