日本航空の米国現地法人トップだった私がビームスの経営に参画したのは1990年。6歳からの幼なじみの設楽洋に「助けてくれ」と言われた。当時のビームスは幹部が大量に離脱し、会社存続の危機にあった。その立て直しにかかわった縁でここまで来た。
私と設楽は得意領域が違う。彼は発想人間で、ビジョンを描いて感覚的に物事を進めていく。私はマネジメント型。ブレーキ役として、細かく数字を管理するタイプだ。
設楽とはよくけんかした
タイプが違うから対立も頻繁だった。本社引っ越しの際に席のレイアウトを考えていたら、「細かいことはどうでもいい」と設楽が言ったので、大げんかになった。近くのホープ軒でラーメンを食って仲直りをしたが、そんなことは何度もあった。
いっぱい儲けるよりも、面白いモノを提供したい──。役員から若手まで共通意識を持っていることが、上場しない理由の1つだ。非効率で儲からないけれどもユニークな商品をそろえる、というファッションの醍醐味を徹底してきたから、ビームスは現在のポジションを築けた。最先端でいるために、つねに変化し続ける集団だ。
この記事は有料会員限定です
残り 266文字
