検索しやすくて買いやすい。スーパーマーケットのように消費者が買いやすいストアを展開するというのがアマゾンのミッション。これを「売り尽くすモデル」と私は呼んでいるが、つまりデータベースや物流を主導に消費を最大化しようとするモデルである。とても文化を創造する会社とはいえない。逆に検索で文化を消費し尽くしてしまう会社といえる。
一方で、街の書店は知の発信先であり、本を媒介にして著者と生活者との間の知の交流を助けるというところから始まった。たとえば丸善のミッションは「知を燈(とも)す」──。本を売るというスタンスでなくて、知識を創造するということをミッションにしている。これからの時代は本を売るよりも、むしろ「知を創造」する場の提供だと考えれば、書店の方向性は見えてくる。
丸善や紀伊國屋書店といった大型書店は著者との交流会を積極的に行っている。田舎の小さな書店だって、地元著者との交流会であるとか、小さな範囲でもできることは多いはずだ。たとえばパタゴニアというアウトドアの店では、自然環境のセミナーが店舗内で行われている。
創意工夫がない書店に行くと、目的の本を選べばそれで終わってしまう。新たに得られる体験がないと、いずれ誰も書店に行かなくなってしまう。書店は単純に店舗面積を増やしてPOSでデータ管理をすれば本は売れるという単純な発想しか持っていないが、これではアマゾンにはかなわない。
ではアマゾンの今後だが、ネットが成熟に達したとき何が起きるか。今度はリアル書店のほうに乗り出すだろう。アマゾンのリアルなショップが駅構内などに登場するということだ。おそらくアマゾンが自前で店舗網を構築するよりは、経営悪化した書店を買収したほうが早い。アマゾンはデータを圧倒的に持っているから、ソフトウエアとゲームと本との相乗効果をうたった店舗作りとか、いくらでも可能性はある。そうなったときこそ、既存の書店のあり方は真に問われるのではないか。
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