山梨県の高校に在学中、北京大学関係者に出会ったことがきっかけで、高校を卒業すると単身北京に渡り、中国の給付生として、北京大学国際関係学院(学部)で学びました。学部卒業後、そのまま大学院に進み修士課程を修了しました。学部学生のとき、中国語に堪能で、国際関係や歴史に詳しい日本人ということで、中国メディアに登場するようになりました。
この数年は、中国メディアからの取材を年間300件受け、200本以上のコラムを書いています。学生を対象にした講演会にもよく呼ばれます。中国に来たのが2003年で、ちょうど8年が経ちました。急激に変化する中国社会と若者を、いちばん間近に見てきた日本人といえるかもしれません。
北京大の学生はよく勉強し、能力も優れています。知識、理解力、表現力、問題の本質を見抜く力、集中力、パフォーマンス。そのどれを取っても、1000万人の同級生がいる中で選ばれた3000人ですから、優秀です。入学した当初、驚いたのは、テキストや辞書を読む彼らの目つきが違うことです。学ぶことへのハングリー精神が半端ではない。彼らにとって学ぶことは、新しい人生を切り開くことであり、自由な社会への扉を開くことを意味します。
中国の大学は全寮制で、朝6時を過ぎると、学生たちがキャンパスに出て、講義の準備をしています。彼らが手にしているのは、英語の原書。それを大きな声で音読しているのです。寮の部屋は相部屋ですから、屋外でそうするしかありませんが、内容を英語で丸ごと学び取ってしまおうという意欲にあふれています。教育は、経済成長を続けるこの国の原動力です。日本とは比べものにならない熾烈な競争社会ですが、それが中国の勢いを表しています。その手綱を緩めるべきではない。
ただし、負の側面も当然あります。進学競争が幼稚園から始まっており、いい学校へ入るために、幼稚園児が算数、ピアノ、バレエ、絵画と、いくつものお稽古事に通っています。こうした風潮は、金持ちだけではなく、庶民にもあり、まるで熱に浮かされたようにお受験競争にはまっています。あれではまるで受験マシンです。もう少し大きくなってから始めてもよいように思えます。
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