ヤングファッションの百貨店から、全世代型のショッピングセンター(SC)へ変身し始めた丸井グループ。社長就任12年目にして、大改革に踏み切った理由とは。青井浩社長に聞いた。
──主軸のファッションに限界を感じたのはいつ頃ですか。
2010年ごろだ。私が社長になる05年以前から、ファッションは一貫してよくなかった。それでも、分母となる売り上げが大きく、利幅の厚い商材なので、ファッションを軸として何とか盛り立てられないかと試行錯誤してきた。だが、いくらやってもうまくいかない。そこで初めて、昔のように消費者から求められてはいないことを自覚した。
黄金時代のモデル脱却 父親は何も言わない
──SC型に切り替える理由は。
当社が採用してきた百貨店型仕入れは、モノを売るのに適した方式。小売店は在庫リスクを負わず、売れるほど利幅が厚くなる。ただ、お客様のニーズはモノから心の豊かさへと変化している。心の豊かさといえば、飲食やサービスがこれに当てはまるが、百貨店は仕入れられないものを扱うのが不得手で、対応しようとすると利益が減る。坪いくらで出店できる不動産方式が適している。お客様のニーズが変わってきたら、業態も合わせて変えていく必要があったということで、自然な流れだ。
──父親である忠雄会長のビジネスモデルからの脱却となります。
父は、社長退任時に「任せる」と言って完全に任せてくれた。経営や実務にはあまりタッチせず、オーナー的に見守ってくれている。なので、特に何も言われたことがない。
──SC型店舗では、どのようなテナントをどう構成するかがカギとなります。他社との差別化は。
消費者ニーズは毎日少しずつ変化していくので、それに的確に対応し続けることが重要だ。当社で「共創活動」と呼んでいる、お客様と一緒になった店作りが最大の差別化だ。07年の有楽町店開店時からスタートしたが、当時は通路の幅を広くするなど、店の環境整備の部分に生かされただけ。商売に対しては「あなたに言われたくありません」と抵抗感があった。だが、重要なのは器よりもコンテンツ。10年でそれができるようになった。博多店の開店に際しては、2年かけて延べ1万5000人のお客様と会議をし、テナント構成から、商品のデザインにまで踏み込んだ共創活動をしてきた。一朝一夕で他社ができることではない。
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