戦国時代の不文律は“下克上”だった。下が上を超える、下が上に勝つ、というものだ。が、ただやみくもにそれが行われたわけではない。下が上を超える場合は、“君、君たらざれば臣、臣たらず”という現象があった。「君、君たらざれば」というのは「主君が主君らしくないならば」という意味で、これには「トップに部下の生活保障ができないならば」ということも含まれる。この場合、部下の選ぶ道は、仕える主人を替える(転職)か、仕えている主人を追放、極端な場合は殺害するなど。これが下克上だ。
しかし、これが大坂の陣以後の日本国の平和経営には大きな障害になる。特に権力者は困る。そこで下克上否定の考えが取り入れられた。儒教(特に朱子学)による、“国民飼いならし”だ。武士に対しては“君、君たらずといえども、臣は以(もっ)て臣たらざるべからず”(『孝経』)という、上層部にとって甚だ都合のいい考えが設定された。これが浸透し、上でなく下を見る社会になってしまった。優越感や差別が生活習慣にまで進んでしまった。昔、小さく小さく小さくなあれ 小さくなってアリさんになあれ、という童謡があったが、日本国民がおしなべてアリさんになった。
現在の職場におけるパワーハラスメントなどは、この流れをくむものではないか。私の仕事場にはスタッフが数人いる。雇用形態はアルバイトだ。かつてその一人が異常に落ち込んだことがある。普段明るく活発なので気になった。何でもありませんと言うが、そんなことはない。執拗に原因を聞いた。
私への講演依頼で電話でのやり取りがあった。相手が途中でこっちの名前や立場を聞くから正直に答えた。途端、相手の態度がガラリと変わった。バイトと聞いて威圧的になり、「おいおまえ」となった。侮辱的言葉も加えた。「悔しくて」とスタッフは涙をこぼした。これは私にとってもないがしろにできないケーススタディだ。私はすぐ今後の対策を考え、スタッフ全員に話した。
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