20代の頃、サラリーマンから転身し、実家の衣料品店を引き継ぎました。しかし業績不振に苦しみ、賞金を得るため漫画を描いて投稿していました。するとめでたく入賞。その後、店を閉めて30歳で漫画家デビューしています。
このとき学んだのはおカネの重要さです。漫画家は自分で作ったものを自分で売れる夢のような世界。実家の衣料品店とは違い、完全な「第1次生産者」となれます。一方で編集者や読者から信頼を得ることにより、対価となるおカネが受け取れます。漫画家になり、おカネは信頼の証しであることを肌身で感じました。
「おカネは汚いもの」などと言う人がいますが、とんでもない。おカネの概念が生まれたのは約4000年前といわれますが、この仕組みがずっと壊れないのは、おカネが信頼を生む装置として最適だからです。おカネを稼ぐことは全面的にたたえられるべきだと思います。
私は今57歳。世間的に見ればかなりおカネを稼いでいます。とはいえまだまだ稼ぎ足りません。不思議に思われるかもしれませんが、日本人はもっと自分に対するコスト意識を持つべきではないでしょうか。
誤解を恐れずに言いましょう。心配なのが日本の高齢者です。おカネのない高齢者は、犯罪行為を含め、社会のコストになりかねません。財政面で見れば日本の国家予算約96兆円のうち、年金・介護・医療などの社会保障費に関する歳出は約31兆円を占めています。政府は高齢者に対し、「あまりわれわれを頼らないでくれ」と思っているはずです。
日本は投資教育が十分行われていない
しかし日本はおカネを稼ぐことが悪だから、この構図が変わりません。背景には、小さい頃からの投資教育が十分ではないことがあると思います。おカネの増やし方を知らないから、国や社会に迷惑をかける老人が増え続けているのです。
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