多くの人が勘違いしている「生きづらさ」の真実 「自分を大切にすること」を今すぐやめよう

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もちろん、それでも楽しく生きている人はいます。そうやって生きられる人たちはよかったね、と思えばいいだけの話です。夢や希望や「理想の自分になる」といった物語に乗れるのなら、それでなんの問題もありません。しかし、もしそこに違和感があるのであれば、むりやりその生き方に合わせるのは、新たな苦しみを生むだけです。

「充実した毎日を送りたい」

「人生をもっと有意義に過ごしたいのです」 

そうおっしゃる方たちが、「意味のある人生」を送りたいと思う気持ちはわかります。しかし、そう考えて苦しくなっているのなら、その「充実した人生を送る」「自己実現して生きる」といった物語からは、降りてもいいのです。

今見ていると、どんな人も非常に力が入っています。「よりよい人生を生きなければならない」と思い込み、「人に勝たねばいけない」と焦っている。

「得をしたい」「ほめられたい」という欲もある。だから力んで、仕事に、余暇の充実にとがんばってしまう。スケジュール帳がびっしり埋まっていないと不安になってしまう。さぞ苦しいだろうから、力を抜いて「大したことのない自分」を生きればいいのにと思います。

人は根本的に受け身で生まれてきている

しかし同時に、それがむずかしいのもよくわかります。

人間は、力を入れるようにはできていますが、力を抜くのは非常に苦手なのです。坐禅で「肩や手足の力を抜いてください」と指導して、すぐそのとおりにできる人はまずいません。

ただ、思い出していただきたいのですが、人はやる気に満ちて、力いっぱい生まれてきたわけではありません。もし自分で「これから生まれるぞ」と決めて積極的に生まれてきたのなら、力を入れて生きるのもわかります。でも実際、人は根本的に受け身で生まれてきているのです。

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その証拠に、赤ちゃんは人の手を借りなければ、絶対に生き延びることはできません。人生の始まりからして、われわれは他人の存在によって生き延びてきました。それを思い出せば、「こうあらねば」とむやみに力を入れて生きることの不自然さがわかるでしょう。もともと人間は受け身の存在なのに、駆り立てられるように積極的に生きるのは無理なのです。それでも無理しないと生きられないのだとしたら、自分を追い込まない「無理の仕方」があるだけです。

しかし本当のことを言えば、無理をすることもない。たいていのことはやり過ごしてもいい話なのです。

乱暴なことを言うと思うかもしれません。

でも死ぬ間際になれば、大したことは残っていません。今ジタバタしている問題について、思い出したりもしないでしょう。人生の最後に一生を振り返ったとき、おそらく、「多少の満足」と「いくつかの後悔」が残るのが普通です。多くの方を弔ってきて、そう実感します。けれど、それでいいのです。

人生を‟棒に振る”くらいの気持ちで生きれば、ちょうどいいのです。
すると、ラクに生きられます。そして、ラクに死ぬことができます。

南 直哉 禅僧

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みなみ じきさい / Jikisai Minami

1958年、長野県生まれ。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。早稲田大学第一文学部卒業後、大手百貨店勤務を経て、1984年に曹洞宗で出家得度。同年から曹洞宗・永平寺で約20年の修行生活をおくる。『恐山 死者のいる場所』『超越と実存 「無常」をめぐる仏教史』(新潮社)、『善の根拠』『仏教入門』(講談社)、『死ぬ練習』(宝島社)など、著書多数。

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