大久保利通が岩倉具視に大政奉還後「銃」送った訳 政権返上してもノーダメージだった徳川慶喜

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追い詰めようとしてもひらりと交わす慶喜。そして、強引に推し進めた徳川家への処分は、多くの大名の間に「慶喜同情論」を巻き起こすことになる。土佐藩、越前藩、尾張藩はそんな声に後押しされるように朝廷を工作。こんなビジョンの実現へと動き出した。

「新政府の盟主に慶喜を据えよう」

薩摩の田舎者に政治を思うままにさせるのは、どうも気に食わない。そんな本音も見え隠れする。

薩摩藩からすれば、頭が痛い展開だったに違いない。なにしろ、山内容堂や松平慶永らは議定の立場にいるため、彼らの賛同なくしては、薩摩藩だけで事を進めることはできない。そして官位はどうにでもなるが、領地は結局のところ、慶喜を追い込んで孤立させ自分から差し出してくるのを待つか、徳川家を武力で討伐しない限りは、どうしようもなかった。

相変わらず外交を掌握する慶喜

自分に味方する大名たちの存在を確認しながら、慶喜は12月16日には大阪城でイギリス、フランス、オランダ、イタリア、プロシアの各国の代表と引見を行った。

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そして「今、京都で起きていることは、数名の諸侯が勝手に振舞っているだけのこと」と説明し、慶喜は堂々とこう述べたのである。

「日本の政体が安定するまで、外国事務は自分の任務として責任をもって執行する」

一方の新政権はといえば、旧幕府から国庫を引き継いでいないために、無一文だ。朝廷から資金援助を頼まれると、慶喜は快く献金を快諾。朝廷との関係性を作りながら、むしろ薩摩藩が孤立するかたちを作ろうとしていた。このままだと、新政府は予算すらも組むことができない。大久保と西郷は天皇を担いだまま、手に入れた権力を持てあますことになった。

かくなるうえは何としてでも、旧幕府軍を武力で打ち倒すための口実を手に入れるしかない。大久保と西郷は、1人の男にそのための工作を命じることとなった。

(第22回につづく)

【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
松本彦三郎『郷中教育の研究』(尚古集成館)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』 (講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家 (日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』 (ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
鹿児島県歴史資料センター黎明館 編『鹿児島県史料 玉里島津家史料』(鹿児島県)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵"であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
萩原延壽『薩英戦争 遠い崖2 アーネスト・サトウ日記抄』 (朝日文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
家近良樹『徳川慶喜』(吉川弘文館)
家近良樹『幕末維新の個性①徳川慶喜』(吉川弘文館)
松浦玲『徳川慶喜―将軍家の明治維新増補版』(中公新書)
平尾道雄『坂本龍馬 海援隊始末記』 (中公文庫)

真山 知幸 著述家

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まやま ともゆき / Tomoyuki Mayama

1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年独立。偉人や歴史、名言などをテーマに執筆活動を行う。『ざんねんな偉人伝』シリーズ、『偉人名言迷言事典』など著作40冊以上。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義(現・グローバルキャリア講義)、宮崎大学公開講座などでの講師活動やメディア出演も行う。最新刊は 『偉人メシ伝』 『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』 『日本史の13人の怖いお母さん』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』(実務教育出版)。「東洋経済オンラインアワード2021」でニューウェーブ賞を受賞。

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