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今年4月、つくばエクスプレス柏の葉キャンパス駅にKOILという名のオープン・イノベーションセンターが誕生した。コンセプトは「あなたが世界を変える場所」。総面積は約8,000㎡に及ぶ。オフィスはもちろん、170席のコワーキングスペース「KOILパーク」や3Dプリンタなど最新機器を備えた「KOILファクトリー」などのハードに加えて、日本を代表する創業支援組織であるTX アントレプレナーパートナーズ(TEP)との連携による実践型創業支援プログラムの提供などソフト面の充実ぶりにも目を見張るものがある。今回、KOILの総合プロデューサーである三井不動産ベンチャー共創事業室長の松井健氏に、KOIL設立の経緯と、その狙い、現状について聞いた。
KOILから新産業を創造し
社会的課題を街づくりによって解決する
―――今なぜ三井不動産が、イノベーションセンターをつくろうとしたのでしょうか。
松井 三井不動産のルーツは、1600年代の「三井越後屋呉服店」(越後屋)にまでさかのぼります。越後屋は当時のビジネスの常識を覆す「店前(たなさき)売り」と「現銀(金)掛値なし」といった商法を顧客視点で創造するなど、小売業にイノベーションを起こし一気に成長しました。
その精神を受け継いだ三井不動産もまた、日本に超高層時代を切り開いた霞が関ビルディングのほか、東京ディズニーランド、ららぽーとなど常にベンチャースピリットを持ち様々な新産業創造に取り組んできました。ベンチャースピリットは私たちのDNAそのものであり、こうした取り組みはすべて需要創造型のイノベーティブなベンチャー事業なのです。
私たちが柏の葉スマートシティの街づくりに取り組み始めたのが2005年です。取り組みの中で、つくばエクスプレス沿線(TX)の持つポテンシャルに気づきました。とりわけ、研究、技術、知財などのポテンシャルは非常に高いと言えます。
ところが今、TX沿線から新しい産業や事業が出ているかといえば、そうではない。そこで街づくりや新産業創造、ベンチャー支援などに携わる様々な方たちと話し合って、TX沿線から新産業がどんどん生まれてくるような街をつくろうというコンセプトを固めていったのです。その中で生まれたのが、柏の葉オープンイノベーションラボ、KOILなのです。
―――KOILを擁する柏の葉スマートシティはどういった特徴があるのでしょうか。
松井 最近のトレンドである世界各地の郊外型の街づくりを見ていると、「環境共生都市」といったコンセプトが非常に多く見られます。柏の葉も豊かな自然を生かした環境共生都市を目指していますが、それだけにとどまりません。柏の葉がユニークなのは、沿線のポテンシャルを有効活用する「新産業創造都市」、そして豊かな人生を送るための「健康長寿都市」を並行して掲げている点です。
私たちは「環境」「新産業」「健康」の3つを合わせたものがスマートシティだと考えています。世界的に見ても、こうしたコンセプトを掲げているスマートシティはほかにありません。将来的には世界からモデルにされるような街、つまり「世界の未来像」をつくる街、それが柏の葉スマートシティなのです。
KOILは三井が取り組んできた
ベンチャー支援の集大成であり出発点である
―――KOILはベンチャー企業だけでなく、地元の住民、研究者も自由に行き来できる場所となっていますが、そこにはどのような狙いがあるのでしょうか。
松井 まずは、さまざまな方々に気持ち良く使っていただけるような場所にしたいという思いがありました。というのもKOILは、知恵や技術、アイディアを組み合わせることで、革新的な新事業や製品・サービスを創造していく場であり、起業家だけではなく、デザイナーやエンジニア、生活者など職種や立場を超えた様々な人が集い、交流する場でもあるからです。
郊外にあること、特にTX沿線の特徴でもあるのですが、KOILには地元の住民以外や東京大学や千葉大学などの研究者、大学生、そして行政の方々も集まってきます。さながら、いろいろな価値観を持つ人たちの交差点というべき場所であると言ってもいいでしょう。その交流の中からさまざまな人的ネットワークが広がっていけばいい。
そのため、KOILでは国内最大級のコワーキングスペースや大企業の事業部も入居するインキュベーションオフィス、ビジターの利用も可能なファクトリーや会議室、アントレプレナーと生活者が交流できるカフェなどを完備しています。
ベンチャー企業が3Dプリンターやレーザーカッターでプロトタイプを製作しているかたわらで、小さな子ども連れの母親たちがカフェでティータイムを楽しみ、「KOILパーク」では会員がメンターに相談にのってもらっているといった風景はKOILならではのものです。
―――これまでインキュベーション施設をつくってこられた中で、どんな問題点に注目し、KOILではその改善点をどのように生かそうとされたのでしょうか。
松井 もともと三井不動産全体の取り組みとして、ご入居されている方々にもっといろいろなサービスを提供できるのではないかという問題意識が常にありました。
私たちは不動産会社として施設をサービスとして提供しているわけですが、これまでインキュベーションオフィス「LIAISON-STAGE霞が関」や東京都中央区のコワーキングスペース「Clipニホンバシ」など、数多くの新事業創出拠点を通じてさまざまなお客様とのお付き合いをしてきました。そうして蓄積してきたお付き合いのリソースとも言うべきノウハウをご入居されている方々に還元できるのではないか。
そのために、一つの拠点としての取り組みを越えて、三井不動産全体としての取り組みをまとめていこうと、今年4月に「ベンチャー共創事業室」を立ち上げたのです。言わば、拠点活用だけに留まらず、三井不動産として持続的に幅広くベンチャー企業の活動をサポートするためのトータルのソリューションやサービスを提供する体制をつくったのです。
起業家の悩みに
KOILのメンターが応える
―――なぜ、本業にあまり関係のないベンチャー支援に注力されるのでしょうか。
松井 本業の不動産事業でさまざまなお客様と接する中で、多くのベンチャー企業の方々とも接点を持ってきました。日本には世界に誇る技術はあるものの、それがなかなか事業化に結びついていません。また、新産業の創出は大きな社会的課題でもあり、会社としては「未来の日本、世界」に貢献していきたい。そのために技術力のある、志を持ったベンチャー企業を応援していこうということになったのです。
三井不動産のベンチャー支援の取り組みでユニークな点は、TXアントレプレナーパートナーズ(TEP)を中心として、エンジェル投資家の方々をネットワーク化したことです。ベンチャー企業は「増資をして人を増やすべきかどうか、それとも今は待ったほうがいいのか」などといった悩みをさまざまな局面で抱え、日々ビジネスの分かれ道に直面しています。そんなとき多くの方々から「諸先輩方のアドバイスがもらえるようなサービスがあったらいい」という要望があったのです。
日本にもエンジェルと言われる方々は数多くいらっしゃいますが、皆さん個人で活動されるケースが多く、意外にもネットワーク化されてはいません。三井不動産は、エンジェル投資家の方々をネットワーク化することで、より身近にアドバイスを受けられる体制を整えました。
具体的には、KOILに常駐するTEPメンターを中心としてエンジェル投資や専門家による経営アドバイス、起業経験者や経営経験者によるメンタリングなどを行っています。個人投資も行うTEPエンジェルメンバーは22名で、財界人や有力経営者とベンチャー企業との橋渡しもお手伝いしています。さらにはベンチャー企業を支援される監査法人、弁護士、ベンチャーキャピタルなどとのネットワークもつくり始めており、今後は三井不動産の社内部署とも連携して多くのサービスを提供していこうと考えています。
―――どんな方々がKOILに入居されているのですか。
松井 ベンチャー企業は言うまでもなく、起業に興味があったり、実際に起業した大学生や子育て中のお母さん、沿線在住の研究者、エンジニアの方々など、中には六本木からこちらにオフィスを移してこられた方もいらっしゃいます。年齢も20代~60代までさまざまで、第二の人生を始める拠点としてKOILを選ばれた方も少なくありません。また、つい最近では、日立製作所が「日立コラボレーションスクエア柏の葉」を開設しました。
こうした間口の広さがKOILの魅力だと思います。私は、KOILは新産業創造のプラットフォームだと言っているのですが、それは大手企業、ベンチャー企業、そしてクリエイターや生活者などの個人も含めて相互に交流することで、イノベーションの化学反応が起こることを期待しているからです。モノづくりやビジネスを体感することで、様々な人や組織から未来に活かす新産業が生まれることを願っています。
KOILを起点に新産業創造に取り組み
世界中でスマートシティを展開する
―――入居しているベンチャー企業はKOIL、そして柏の葉スマートシティをどう生かせばいいのでしょうか。
松井 KOILは1席6000円からオフィスを借りられます。ビジネスが大きくなったら、次は会議室ほどの大きさの部屋に移る、その次に会社が大きくなったらワンフロアを借りる、もっと大きくなったら、ビルを建てるための周辺の土地まで用意しています(笑)。
出世魚のように、この街でどんどん大きくなって世界で活躍する企業に育ってほしいと思っています。KOILは、新産業創造のプラットフォームであり、イノベーションに必要なすべてがそろっている場ですが、ゴールではありません。
この先には、たとえば、三井不動産からの出資という可能性もあります。過去にも、キッザニアを運営するキッズシティージャパン(現KCJ GROUP)に出資しており、私たちの金融、不動産、物流などのネットワークを利用して、サポートさせていただいています。
三井不動産としては、植物工場を展開する「株式会社みらい」という農業ベンチャー企業にも出資しています。この会社はLIAISON-STAGE霞が関に入居しており、私たちが柏の葉に植物工場を建てて、それを彼らが借り受けて、レタスやハーブなど葉物野菜を1日1万株生産しています。私たちは、これから、みらいと一緒に日本全国はもちろん、海外での植物工場を展開していくことも検討しています。
―――将来のビジョンは?
松井 スマートシティは子供たちがそこで育って、環境や健康に理解を示しながら、世界というものを身近にとらえて、海外にもどんどん出て行くような街になったらいいと思っています。海外の方々もたくさん柏の葉にいらっしゃるので、そういった方々と身近に接することで、世界を肌で感じることができます。
私たちは今、環境や健康、世界を考えるための舞台をご提供するという意識で街づくりを進めています。三井不動産としては、こうしたスマートシティを日本全国、世界各地の必要なところに展開していけたらいい。そのノウハウもかなり溜まってきています。これから高齢化社会、環境エネルギー問題などで、スマートシティというコンセプトがどの国にも必要になってきます。そんな要請にしっかりと応えられるようKOILを起点に新産業創造に取り組みながら、国内はもちろん世界中でイノベーティブな街づくりに取り組んでいきます。
(撮影:今祥雄)