携帯キャリアのシェア競争「沖縄は無縁」な理由 「沖縄のため」にすべてを懸けられるという強み
県内では「セルラー1強」、その理由は設立経緯にあった
約146万人の沖縄県民から広く支持されている通信会社、沖縄セルラー。モバイル事業では、同社が提供するauとUQモバイルの加入者数が73万に達して、県内シェアは50%を超えた。もう1つの柱であるFTTH事業も、県内光ファイバー導入世帯の約3分の1は同社の回線を使用している。全国でメガキャリア同士の激しい競争が繰り広げられているが、なぜ沖縄では同社1強なのか。その理由を探るには、同社の設立経緯を振り返る必要があるだろう。
本土や沖縄の財界人が集まって、沖縄の経済振興について議論をする「沖縄懇話会」がスタートしたのは1990年のこと。翌年には京セラや第二電電(現KDDI)の創業者である稲盛和夫氏の呼びかけで、沖縄セルラーが設立された。同社の湯淺英雄代表取締役社長は次のように語る。
「当時、沖縄の携帯通信会社は他社1社の独占でした。しかし、健全な競争が起きないと産業は育たない。そこで地元の企業として沖縄セルラーが誕生したんです。KDDIと沖縄の有力企業を中心とした四十数社が株主として参画してくれました。加入者数はすぐに他社に追いつき、97年にはジャスダックに上場。1部上場の上場基準も早々に満たしましたが、地元への対応を最優先するため、今に至るまで市場変更はしていません」
ただし、地元の企業というだけで選択してくれるほどユーザーは甘くない。多くの県民の支持を集めたいちばんの理由は、通話品質だ。
「競合はどこもグローバル企業ですから、当然幅広いエリアに設備投資を行わなくてはいけません。一方、私たちは沖縄だけのために基地局を造っています。その結果、『沖縄セルラーはつながりやすい』という評価が定着して、加入者の伸びにつながりました」
来る5G時代を見据えて、海底ケーブルを新設
沖縄の企業だから、沖縄のために大胆な設備投資ができる――。その強みが生きたのが、2020年4月に運用を開始した新しい海底ケーブルだ。沖縄県名護市と鹿児島県日置市を結ぶ全長780kmの新ルートを、約60億円の費用をかけて敷設した。
「沖縄と本土を結ぶ海底ケーブルは、これまで太平洋側にしかありませんでした。しかし南海トラフ地震が起きればそれが切れてしまうかもしれず、沖縄が“孤島”になるおそれがあります。こうしたリスクに備えるために、東シナ海側にもルートを用意したほうがいいと考えました。当社が沖縄の企業だからこそできた大規模投資です」
新ルートを引いたもう1つの狙いは、5Gへの対応だ。
「今後本格的に5Gが普及して大容量データのやり取りが生まれると、既存ルートはパンクするでしょう。新設したルートの回線容量は、既存ルートの約10倍ある。これで莫大なトラフィック増に対応できる容量を確保できました。他社にも貸し出しており、見込み売り上げは初年度から10億円ほどあります」と、湯淺氏は期待を寄せる。
なぜ通信会社が
「沖縄県産の無農薬イチゴ」をつくるのか
沖縄は日本でも数少ない、人口の自然増が続いている都道府県である。今後もモバイル市場は中長期的に拡大して、同社のさらなる成長も期待できる。ただ、県民の2人に1人は沖縄セルラーユーザーという水準になった今、コア事業でシェアを1%伸ばすのも簡単なことではない。地域に貢献して、なおかつ自社の成長にもつながる新事業を生み出せないか。その発想から生まれたのが、同社が8年前から取り組んでいるアグリ事業だ。
「沖縄は、葉野菜の8~9割を本土から船で運んでいます。それゆえ新鮮に食べられる時間が短く、台風などで船が欠航すればまったく手に入らなくなります。そこで社員から出てきたアイデアが、LEDと水だけで野菜を栽培する野菜工場でした。ICTを活用して水温や二酸化炭素濃度を管理しながら栽培すれば、365日、無農薬で新鮮な野菜を県民の皆さんに食べていただけます」
工場で栽培したレタスは沖縄県内のスーパーで販売されているが、それで終わりではない。沖縄セルラーは野菜工場のシステムそのものを、南大東島や宮古島、石垣島などに提供している。地域貢献を使命とする同社らしい展開だ。
さらに新たな取り組みとして、17年には本島・大宜味村に約355坪のICTイチゴ工場を開設。無農薬イチゴの栽培を大々的にスタートし、「美ら島ベリー」ブランドを展開している。その味・見た目のよさから評判は上々で、ユーザーには県内の主要な洋菓子店が名を連ねるほど。現在、この工場は800坪に増設されている。
「この工場でも、ICTがフル活用され、水温などの異常があれば、すぐにアラートが担当者のスマホに飛ぶようなシステムを構築しています。現在は、次のステップとして、センサーの付いたロボットを夜中に走らせて、イチゴの色や糖度を測り、収穫に適したものをAIが判断する仕組みを開発中です。ゆくゆくは収穫もロボットが自動で行い、人は検品など身体的負担の少ない作業に集中できる環境を整えるつもりです」
今後は栽培量を増やし、海外にも展開する予定だ。糖度が高く安全な日本のイチゴは、アジアの富裕層に人気がある。「沖縄には海外輸出のハブ機能がある。朝に収穫して、お昼には台湾や香港の店頭に並びます」(湯淺氏)と、地理的な優位性を生かした展開をもくろんでいる。
財務内容がいいからこそ、
新規事業にどんどん挑戦できる
同社が取り組む新規事業は、アグリ分野にとどまらない。19年には沖縄電力から卸した電気を販売する「auでんき」を開始。また、ヘルスケア分野では21年2月にメドレーと連携して、与那国島でオンライン診療の実証実験をスタートさせた。さらに不動産事業にも着手して、11月には県内初となるデータセンター併設のオフィスビルをオープンする予定だ。
一見、手当たり次第に見えるが、新規事業の基準は明確だ。「沖縄セルラーは沖縄の皆さんに育てられてきた会社ですから、県内企業と競合する事業はやりません。例えばKDDIグループは金融分野の事業を強化していますが、私たちが銀行や証券、生損保業に進出することはない。一緒に組んで協業することはあっても、単独で競い合うことはまったく考えていません」と湯淺氏は断言する。
安定したコア事業に新規事業が加わり、沖縄セルラーは8期連続の増収増益を達成した。21年3月期も通期業績予想を営業収益730億円、営業利益145億円にそれぞれ上方修正し、9期連続の増収増益となる見通しだ。増収増益を目標に掲げる企業は珍しくないが、同社は増配にもこだわり、有言実行で19期連続の増配も達成している。
連続増配を目標の1つに掲げているのは、「ローカルにも頑張っている企業があることを、県民の皆さんに知っていただきたいから」。前期は当期純利益98億円のうち、配当に約40億円を回して、配当性向40%以上という目標も達成した。自己資本比率80%以上、ROE12%という高い水準を維持している。
最後に、湯淺氏は力強く語ってくれた。「コロナ禍の影響もあり、経営環境がいいわけではありません。しかし、高い自己資本比率のおかげで、失敗をおそれずにスピード感を持って新しい事業にチャレンジできます。沖縄の役に立つ事業のアイデアを出して、そのノウハウを持っている企業と組んで実行していく。これを繰り返すことで、今後も成長を続けていきます」。
沖縄セルラーが力強く掲げ続ける「沖縄のために」という使命。ビジネスの健全性と成長性の両者を実現し続ける同社に、投資家はもちろんのこと、県民からの熱い信頼と視線が注がれる。